コンサートのトークと絵本の読み聞かせ

「昔は八百板さんのトークは論文みたいでしたよね」

先日、私が駆け出しだった頃からの大切なお客様と話をしているときに言われました。駆け出しの頃といえば、5年間勤めた機械メーカーでの設計の仕事を辞めたばかりです。目にする文章は硬いものばかり、頭の中は数字ばかりでした。その仕事に就く前は機械工学の勉強を大学院も含めて6年間、ひたすら方程式と格闘する毎日でした。ですから、何かを「解説する」となれば頭がそういうモードになってしまうのも当然だったでしょう。

曲目解説を論文のように語っていたということは、私自身が曲と向き合うときに論理的な面にばかり注目していたことの表れでもあります。こことここはコントラストをなしているとか、ここでは主題と対主題が声部を入れ替えて提示されるとか、ここは分散和音の中に複数の声部が織り込まれているとか、ここは意表をついた和音が突然現れるとか、ここから先は音楽の密度が急激に高まるとか。

それは確かにそうなのですが、では作曲家はなぜそうしたのか? そうしないではいられなかった作曲家の心の衝動とは何だったのか? その心の衝動は当時の社会情勢のどういう事を反映しているのか? 現代に生きる私たちはそのことからどんな真実を受け取ることができるのか?

 

昨日も9歳になる娘に絵本を読んであげました。娘が1歳のときからずっと、毎月2冊の絵本が長崎にある出版社から届けられています。その出版社の主張はなかなか骨太で、「本当に価値のある絵本とは、人生の真実を噛み砕いて幼い人たちに示すものであり、魂の救済となるもの」といいます。絵本を読んであげながら、じつは私のほうが人生の意義や人間存在の美しさについて深く考え直したりもします。

このごろは娘に届く絵本にも難しい言葉が増えてきましたが、始めのころは本当に易しい言葉が、それも各ページに一行から数行しかありませんでした。それで人生の真実や魂の救済を伝えるのですから見事なものです。それでいて読んでもらっている娘のほうは決して道徳の授業を受けているようなよそよそしさは感じずに物語の進行に引き込まれていきます。

 

この経験が、私のコンサートでのトークに大きな影響を与えてくれたと思っています。

 

まずは使う言葉が変わりました。「物事を本当に分かってもらおうと思ったら、10歳の子供が理解できる言葉で説明しなさい」という文章を目にしたことがあります。私は「リトルネロ形式」とか「転回対位法」とか「スティル・ブリゼ」とか「偽終止」とか「ストレッタ」といった事柄も、できるだけ子供でも理解できるように心掛けて言葉を選んでいます。

トークから難しい言葉が消えると、理解しやすくなるだけでなく、親しみが増すという効果もあります。原稿を読んでいる感じが消えて、親しい友人に一対一で語りかけているときの話し方に変わるんです。

 

言葉が変わったその先には、トークの目的が変わりました。かつての私はそれらの専門的な事柄自体に興味がありました。専門家とはそういうものですよね。でも、コンサートを聴きにいらっしゃる方は違います。「だから私にとってそれは何の意味があるのか?」との疑問に常に答えるトークであるべきです。

コンサートのお客様は作曲技法の専門用語に興味があるのではありませんね。もっと普遍的な「人生の意義」「人間として共感すること」「最善を尽くそうと努力してきた先人の気高い精神」といった、明日からの心の糧となるものを音楽を通してお伝えできればと思うのです。

 

明日からの心の糧となるようにとトークの目的が変わると、やがてそれがコンサートの目的にもなっていきました。私は専門家ですから「前回は組曲第2番を演奏したから、全曲制覇を目指して次は第3番を弾きたい」と考えてしまいます。でもコンサートを聴きにいらっしゃる方は違うでしょう。第2番でも第3番でも同じことです。「だから私にとってそれは何の意味があるのか?」との問いに答えられなければ、演奏者の自己満足で終わってしまうでしょう。

今では私はコンサートのトークに原稿を一切用意しません。プログラムにメモの一つも書き込みません。それは、選曲の段階で既に「プログラムの後半に進んだから、バッハの深い悲しみについてこの曲の前に話そう」というように筋書きが出来上がっているからです。

 

娘がずっとお世話になっている長崎の出版社の言葉を借りれば、「本当に価値のあるコンサートとは、人生の真実を噛み砕いてお客様に示すものであり、魂の救済となるもの」となるでしょう。私はそういうコンサートを目指します。

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コンサートのトークと絵本の読み聞かせ” に対して1件のコメントがあります。

  1. 山下順子 より:

    演奏者の自己満足という言葉にピンと来ました。私達演奏者側と聴きに来て下さるお客様との関係についてはいつも良い関係であればと願っています。良い演奏会とはそういうものであってほしいです。

    1. 八百板 正己 より:

      山下さん、コメントありがとうございます。
      「お客様のことを思った選曲」といっても、お客様に媚びて、お客様が喜びそうな曲を弾く、という意味ではないところが深いですよね。知られざる曲でも、演奏する側が「この熱い思いを届けたい」と思うなら、きっと心は通じますよね。

  2. T.H より:

    先生 今晩は!
    今日6月24日(日)長岡リリックホールでのお話はとてもよくわかりました。マイクのせいなのかどうかわかりませんが、今までの中で一番聞きやすかったです。またけさ(昨日?)この文を読んでいましたので、お嬢さんへの読み聞かせの効果なのかなと思ったりしていました。でも読み聞かせは多分何年も前からしておられるのですよね。簡潔でわかりやすかったです。もっと大きな拍手を送りたかったのですが。

    さぞお疲れになられたことでしょう!
    出来ればゆっくりお休みになって次ぎの新潟公演に向かわれてください。
    いい演奏聴かせていただきありがとうございました。

    1. 八百板 正己 より:

      ご来場ありがとうございました。嬉しいコメントもありがとうございます。

      今回はプログラムの構成がとても簡潔だったことで、話す内容が3つだけに絞られたのが分かりやすさの理由だったと思います。

  3. 塚田泰司 より:

    とても興味深く読ませていただきました!

    1. 八百板 正己 より:

      ありがとうございます! 塚田さんもお話をされるのがお仕事ですものね。

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