バロック・ファゴットにヴィオラ・ダ・ガンバにリコーダー(写真付き)
なかなか見られない光景でしょう? 特に新潟など地方都市では尚更だと思いますよ。
新潟大学教育学部に私のチェンバロを運び込んで、通奏低音の授業をしてきたときの写真です。私が仰せつかっている役割は「プロとしての通奏低音の実践ノウハウを惜しみなく学生さんに披露すること」です。なので、授業といってもさながらレクチャー・コンサートのようです。
通奏低音をレクチャー・コンサート形式で披露するのですから、チェンバロ一人ではできません。リコーダーを4本も取り替えながら吹いてくださるのは、新潟大学工学部教授のH先生です。そして、古楽器なら鍵盤以外なんでも演奏できるという芸達者なSさんは、例年のヴィオラ・ダ・ガンバに加えて今年は買ったばかりというバロック・ファゴットまで持ってきてくれました。
写真をご覧ください。バロック・ファゴットにヴィオラ・ダ・ガンバ。写真だけで音をお聴きいただけないのが残念です。どちらも音はとても繊細です。現代のチェロはずいぶん音が大きくて、リコーダーとアンサンブルするとどうしてもバランスが悪くなるし、現代のファゴットに至ってはそのチェロのさらに4倍くらい音が大きいので、リコーダーとのアンサンブルなんて論外です。でもご覧の楽器はリコーダーと同じくらいの音量なんです。そして倍音がとても豊かで、つまり音の傾向がチェンバロみたいで、チェンバロと一緒に演奏するととてもよく溶け合って幸せなんです。
写真に楽譜が写っていますが、小さくてよく分からないかもしれませんね。18世紀のイギリスで出版されたヘンデルのリコーダー・ソナタの復刻版です。リコーダーと低音の2段だけが書かれた楽譜で、チェンバロの右手が弾く音は一つも書いてありません。こんな楽譜を学生さんに配って、私は自分自身がここ数日の間にこのまっさらな楽譜からどうやって右手で弾く音を決めていったのか、その過程を再現しました。
通奏低音の教科書というものも出てはいますが、それは規則を説明しただけです。第1楽章の1小節目の1拍目の低音「ファ」に対して、右手は「ファラド」がいいのか、「ラドファ」がいいのか、「ドファラ」がいいのか、それとも左手の空いている指も総動員して「ファラドファラドファ」と分厚く弾くのがいいのか。それは規則だけでは決められず、長年の演奏経験と楽曲解釈の積み重ねが求められます。この曲の場合だと、幸せに満ちた穏やかな曲調であること、冒頭がリコーダーにとってかなり低い音域から始まること、低音が弾く「ファ」はリコーダーのソロを促す開始の合図の役割であることなどから、私は非和声音を一つかませながら分散和音で「ファソラドファ(ファは左手で、ソは和音が濁らないようにすぐに離します)」と弾くことにしました。分散和音は均等には弾かず、低音の「ファ」に時間をかけてそこから加速するようにしました。
第1楽章の最初の音符一つにこれだけの考察が要るのですから、全ての楽章の全ての音をどう弾くかを説明すれば1時間半の授業に収まるものではありません。重要度の低いところは適当に飛ばしながら、第3楽章までを一通り解説しました。最後の第4楽章は時間の都合でデモ演奏だけです。
授業は録音されて、学生さんは後で繰り返し聴くことができるとのことでしたから、この時間内に理解してもらおうとは考えずに、とにかくたくさんのことを話しまくり、弾きまくりました。
じつはこのヘンデルのソナタ、H先生のリコーダーとずいぶん前にアンサンブルしたときの楽譜が私の楽譜棚にあって、自分で検討した右手の音の要所要所をアルファベットでたくさんメモしてありました。でも、今の私はその自分が書いたメモに従って弾く気にはなれなくて、結局何も書いてない楽譜をもう一度印刷して、右手の音を全部検討し直したのです。この先、何年かしてまたこの曲の通奏低音を弾くことになったら、きっと今回のメモも気に入らなくて全部やり直すんだと思います。音楽に正解は無いっていうことですね。
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聴きに行きたかったです。バロックファゴット、良いですね。素朴さが何とも言えない魅力。聴こえる事ばかりが良いことではない、聴いてもらうための演奏者としての心構えを考えさせられるような授業内容は大変貴重です。
コメントありがとうございます。
バロックファゴット、本当にすてきでしたよ。
事前にH教授に連絡すれば外部の方も聴講できたそうです。
学生さんたちにとっては面食らった話だと思いますが、よい刺激になればと思います。決められたことをこなすだけが音楽ではありませんからね。
録音されたとかかれている授業がこのブログでも聴けたらいいなあと思いました。
そうしたいところですが、国費を使っておこなわれた授業なので外部に公開するのは手続きが厄介らしいです。
通奏低音の深い世界の一端を見せていただいてありがとうございました。
ありがとうございます。興味を持ってくださって嬉しいです。
もう2年ほど前のブログなのですね。実は私、今回これを開けて、写真の後ろの方に見えているオルガンに目が留まってしまい、ああ、新潟大学にこんなオルガンがあるのだなあ、と思い、弾かせてもらえたらいいなあ、と思ってしまいました。(無理かなあ、やっぱり・・)先生の通奏低音のお話より、そちらに気持ちがいってしまい、先生には申し訳なく思いますが・・。通奏低音のお話、後でもう少し丁寧に読ませて頂きたいと思います。
この部屋は「合唱ホール」という名前ですので、学生の合唱の授業で伴奏するためのオルガンなのでしょう。
新潟は地方にも関わらず、古楽に関わっておられる演奏家の方々が色々とおられて、そういう意味では恵まれているなと思います。
ジャズもそうだと思いますが、(場合によっては即興で) 他のメンバーに合わせて伴奏、合奏するのは、自分には到底無理なレベルなので。。。
初歩者向けの和声楽や伴奏付けの本も出回るようになって、何冊か読んだりしているのですが、自分の場合はまず、基本的な奏法、コード等をキチンと身につける方が先かな。。。
ありがとうございます。
ご自分で実際に合奏に加わることをしなくても、和声や伴奏法などを学んで基礎と視野を広げると、ソロの演奏も変わってくると思いますよ。
家合さんのコメントを読ませていただいて思い出しました。
今年4月3日(土)の新潟日報に「もしも、あのパイプオルガンが弾けたなら」
というタイトルで万代シルバーホテルに眠っているヤマハ製出荷第1号の小型パイプオルガンの
記事が写真入りで出ていました。演奏に使うにはメンテナンスが必要とか。この記事を見た時高田聖書教会のオルガンを修理して活用された八百板先生の写真入りの記事を思い出して読んでおりました。
先生だったら出来るのでは?
切り抜きしてありますがここでは写真は載せられませんが。
万代シルバーホテルにパイプオルガンがあるなんて知りませんでした。
高田聖書教会のオルガンで私がしたことは、修理したというほどのことではなくて、徹底的に調律をしただけです。長年調律されていなかったために、あまりに狂いすぎて使えるパイプが限られていたのを、すべてのパイプを使って多彩な演奏ができるようにした次第です。
万代シルバーホテルの楽器に、鳴らないパイプがあったり、動かないキーがあったりすると、私には手が出せません。(チェンバロなら大抵の修理はできます。)
横から失礼致します。
T.h様のご投稿にある「万代シルバーホテルの使われていないパイプオルガン」の新潟日報の記事、私も見ました。
どのくらいおられるかはわかりませんが、県内で、音大のオルガン専攻科に進みたいという方がいた場合、シルバーホテルのオルガンを直して、練習に使って頂くことは出来ないのかな?とも思うのですが。。。
りゅーとぴあの、現在専属オルガニストを勤めておられる、石丸由佳さんという方がおられますが、音大受験を控えた学生のころ、練習の為に使えるオルガンを探して、県内あちこち移動して回っていたそうです。
万代等のみんなが来やすい場所に、誰でも弾けるオルガンがあれば、音大受験希望の方などの練習に大変助かると思うのですが。。。
コメントありがとうございます。
それこそが地方に根付いた音楽文化ですよね。
横から失礼いたします。
カトリック新潟教会にも、昭和4年に設置された由緒あるパイプオルガンがあって、昨年オーバーホールされました。
ところが新型コロナ禍のため、毎年開催されていたオルガンコンサートが中止、ミサの典礼聖歌も当分の間、歌わないことになりました。
日本中の教会のオルガンが、再び本来の役割を果たせる時が、早く来ることを祈るばかりです。
ミサで聖歌を歌えないというのは、信者の方々にとってはとてもつらいことでしょう!
つまる所、限りなく即興的な演奏スタイルに近い、という事かな、と思いました。また見方を変えれば、どんなに決めた通りにやろうと思っても、オーディエンス側が全く同じ演奏に聴こえるとも限らない。
そこまで突き詰めれば、本来は即興と譜面通りとに明確な線引きや定義付けなど不可、というより無意味ですね。
それを譜面の忠実さだけを絶対としている🎹指導業界は、完全にガラパゴスだと思います。
初歩のレベルからでも「想いを込めるために即興的なことをしていいんだ」と導いてあげてほしいですよね。