バッハが書き込んだ大量の装飾音(写真付き)

バッハ作曲:シンフォニア第5番(自筆譜)

すごいでしょう? バッハのシンフォニア第5番の自筆譜です。赤丸で囲ったのはバッハが後になってから自分で書き込んだ大量の装飾音です。インクの色が違うことから、後から付け加えられたことが分かるんだそうです。

この自筆譜(インヴェンションとシンフォニア全30曲)はレッスン用に写譜させる原本としてバッハが特に丁寧に清書したものです(息子や弟子たちはバッハからこの曲を習う前に、自分用の楽譜を自分で書き写しました)。作曲するときのメモと違って、これを譜面台に置いてそのまま弾くこともできるほどですよ。ただし、右手がト音記号でなくて、第1線がドの「ソプラノ記号」なので、慣れないと弾きにくいですけれど。

インヴェンションやシンフォニア、平均律クラヴィーア曲集なども含めて、息子たちや弟子たちの教育用に整備した鍵盤曲では、バッハは楽譜に必要な装飾音をほとんど書かない方針だったのはご存じですか? そうなのです。バッハの楽譜はそのとおりに弾けばよいものではないのです。(その他の楽器や歌のための楽譜、または弟子への教育用ではなくて不特定多数の人に向けて出版した鍵盤曲では、始めからけっこう細かく装飾音が書かれているのがバッハの特徴です。 )

教育用の鍵盤曲に装飾音をほとんど書かなかったのは意図的らしいです。「こういう楽譜を見たらどういうところにどういう装飾音を付けたらいいか?」ということを考えさせることもレッスンのうちだったようなのです。そうしてレッスンの都度、弟子の楽譜に装飾音を書き込ませたのです。

晩年になって、そのレッスンの仕方が変わったのでしょうか、弟子たちにレッスン用に写譜させる原本として使ってきたこの自筆譜に、バッハ自身が装飾音をたくさん書き込みました。今私たちが見ているこの自筆譜は、そうしてバッハが装飾音をたくさん書き込んだ最終状態というわけです。

もう一度上の楽譜を見てみましょう。こんなにたくさんの装飾音を一人一人のレッスンのたびに口で説明して楽譜に書き込ませるのは大変です。原本に装飾音を書き込んでしまった気持ちも分かる気がしますね。

このシンフォニア第5番の場合、写譜の原本としての自筆譜にバッハが装飾音を書き込んだだけではありません。弟子の楽譜にも、普通は弟子に装飾音を書き込ませるのに、この大量の装飾音をバッハみずから書き込んであげました。学者たちが筆跡鑑定をしてそんな細かいことまで分かっているんですよ。

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バッハが書き込んだ大量の装飾音(写真付き)” に対して4件のコメントがあります。

  1. 家合映子 より:

    楽譜も芸術作品の一つだなあと思いました。(美しいです) それで、バッハは晩年になってその教え方、レッスンの仕方を変えた、ということですがーもちろん不思議なことでもないですが、なぜ変えたのかな、と思いました。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。
      こういう手書きの楽譜を見ていると、バッハが弟子にレッスンをしている現場に居合わせたような人間味を感じますね。

  2. コバピー より:

    初期のオルガン曲、カンツォーナやピエス・ドルグなんかにも同様の書き込みがありますね。
    バッハは晩年まで自身の芸術を磨き続けましたが、自筆譜はそれを物語り、現代に彼の勤勉さと音楽への献身さを伝えてくれます。
    生前は教育者として高く評価されていたバッハ。この楽譜一つでも、彼が教え子達を大切に育てていたことを窺わせますね。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。
      バッハの教育熱心のおかげで素晴らしい鍵盤音楽の傑作が生まれて後世に残されたことに感謝したいですね。
      同時代の音楽家の中でも、教育用にこれほど高いレベルの曲をたくさん作った作曲家は他にいませんね。

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