シャコンヌのテンポで弾くシャコンヌ!(ビデオ付き)
ついに見つけました! シャコンヌのテンポで弾くシャコンヌの演奏!!
何を大騒ぎしているのか、ですって? だって、このシャコンヌがシャコンヌのテンポで演奏されたのを、私は今まで聴いたことがなかったからです。
「シャコンヌ」というのは、バロック時代を通じてよく作曲された変奏曲の一種です。バッハの時代のドイツでは、特に室内楽やチェンバロ独奏のためのシャコンヌは先進国フランスの影響を受けていました。
フランスでは、シャコンヌはよく宮廷バレエの中の最も華やいだ場面で多くの登場人物によって踊られました。そう、シャコンヌは舞曲なのです。振り付けもたくさん残されています。
さて、「シャコンヌ」という名の曲で圧倒的に有名なのは、言うまでもありませんね。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の終楽章です。今「シャコンヌ」と言えば、おそらく99.9%この曲のことを指すでしょう。
ところがバッハのこのシャコンヌ、世の中にあふれる演奏のすべてがシャコンヌとしては遅すぎるんです。
舞曲であるからには、固有のテンポというものがあります。メヌエットをラルゴやアダージョで弾いたのではメヌエットと呼べないようにです。
どうしてそんなことになってしまったのでしょう?
今までのこの曲の演奏は、言い方は悪いですけど、もったいぶって大仰に弾いているものばかりです。「バッハのすべての作品が失われたとしても、このシャコンヌ1曲だけ残されていれば、彼が偉大な音楽家だったと評価されただろう」などと言われ、「偉大なるバッハの、もっとも偉大な曲なのだから、しかめっ面をして遅く遅く弾くんだ」というわけです。
もっとも、バロック時代の音楽の研究がろくに進んでいなかった当時では、本来のシャコンヌのテンポなんて知りようがなかったわけですけどね。昔の「巨匠」と呼ばれる人たちが揃いも揃って遅いテンポでこの名曲を弾き続けた結果、「シャコンヌといえばこの遅さ」という常識ができあがってしまいました。
そんな風潮に疑問を呈したのが古楽器奏者たちでした。私も一人のチェンバロ弾きとしてその一端を担っている自負があります。バロックヴァイオリンが復元され、バッハの時代の弦楽器奏法が研究され、バロック時代の舞踏の振り付けも研究されました。バッハの無伴奏ヴァイオリン曲の演奏もずいぶん変わりました。
それなのに、バロックヴァイオリン奏者たちが弾くシャコンヌも、依然として踊れるテンポではなかったのです。私がバロックヴァイオリンによるこの曲の演奏を初めて聴いたのは17歳の時だったと思います。それから40年、たくさんのバロックヴァイオリン奏者の演奏を聴いてきましたが、いまだにシャコンヌのテンポの演奏に出会ってこなかったんです。
じつは、原因の一部はバッハ自身にあります。曲が進んでいくと、やがて32分音符で埋め尽くされた部分が延々と続くのです。いくらヴァイオリンの名手でも、本来のシャコンヌのテンポでこの部分は弾けません。というか、無理して弾いても音楽になりません。
かつては私も、「まあバッハにはよくあることだよね。あり得ないクーラントとか、あり得ないサラバンドとかを平気で作る人だったからね。」なんていう言葉で片付けていました。
でも今、バッハのすべてのチェンバロ曲を徹底的に研究して一つ一つビデオ収録していくうちに考えが変わったんです。「あり得ないクーラント、と決めつけていた自分が間違っていた」「あり得ないサラバンドではなくて、限界に挑んだサラバンドだった」というふうに。
そうなると、このシャコンヌがシャコンヌのテンポで弾けないのはどうしたことだろう?という疑問が、また湧き上がってきたわけです。自分では答えが出せないまま、時が過ぎていきました。
だから、シャコンヌのテンポで弾くシャコンヌの演奏に出会って、私は大騒ぎしているんです!
謎の答えはこうでした。「この曲はシャコンヌのテンポで大抵の部分は弾ける。だが曲が進んでいって感極まったバッハは、ついにこれが舞曲であることから逸脱してしまった。でも最後の最後に曲の冒頭の8小節が再現したとき、ハッと我に返ったバッハはシャコンヌのテンポに戻り、そしてこの長大な曲を終えるのにふさわしく、最後は非常に遅いテンポに落として幕を閉じる。」
ぜひお聴きください。オランダバッハ協会の音楽監督、佐藤俊介氏の演奏です。
(いきなりシャコンヌから始まるように設定しましたが、画面の下端の赤いインジケーターを左に動かせば、第1楽章から聴けます。)
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暫くぶりにコメント入れさせていただきます。
確かに古楽器演奏以前の演奏にはテンポの遅いものが多かったですよね。
バッハの管弦楽組曲、あのカラヤン指揮ベルリンフィルの演奏もゆったりと大仰にさえ感じられました。亡くなられた皆川達夫先生でさえ、生前の著書で「カラヤンのバッハは1度聴けばそれで充分です」と語られてたほどですから、、、、、
私もライプチヒ新バッハコレギウムムジークの管弦楽組曲CDを持ってますが、若さのためか多少粗削りですがいきいきとした演奏に感銘を受けたものです。
コメントありがとうございます。
皆川達夫さんは確かラジオでカラヤンのバッハを「大年増の厚化粧」と形容していましたよ。
八百板さま 以前、私が参加した「バッハ再考」で、このシャコンヌでダンサーが踊ったことがありました。もちろん、よく演奏されるテンポでは踊れないので、もっと速いテンポで、きちんと拍節を守って演奏していました。そのとき学んだことは、この曲がシャコンヌではなく、フランスの宮廷舞踊のパッサカイユ(passacaille)であること。これも比較的テンポの速い舞曲ですが、シャコンヌよりも少し遅いように思います。リュリのオペラによく出てきます。バッハが舞曲名をまちがえることは他にも例があるそうです。いずれにせよ、従来の演奏はテンポが遅すぎて、バロック時代の舞曲らしくないことはたしかです。現代では、バロック時代のシャコンヌやパッサカイユがよく演奏され、踊られるようになったため、それとのギャップが目立つようになりましたが、伝統的な演奏様式はすぐには変えられないので、時間をかけて変わっていくのだと思っています。
ご丁寧なコメントありがとうございます。
シャコンヌとパッサカリアは、本来全く異なる低音主題にもとづく変奏曲でしたが、どの国でもだんだん低音主題が勝手に姿を変えていって違いが分からなくなっていきました。
バッハのこのシャコンヌの場合は、冒頭からしばらくの間は紛れもないシャコンヌの低音主題です。そして、他の作曲家のシャコンヌと同様に、曲が進むにつれてパッサカリアの低音旋律が頻繁に入り込んできます。
先のコメントに誤りがありました。宮廷舞踊のパッサカイユではなく、「劇場用」のパッサカイユです。同時代のシャコンヌは、イタリアでもフランスでも速いテンポで演奏されているので、そのテンポでバッハの曲を演奏するのは不可能です。ビデオもそこまでは速くありません。
わざわざありがとうございます。
こういう知識が広まっていくと、バッハの演奏ももっと変わっていくでしょうね。演奏家の好き勝手にしていいものではない、という認識が広まってほしいです。
バッハのヴァイオリン曲は、踊れないほど遅いテンポで演奏され続けてきたのに、
八百板さんがYouTubeにアップロードされた「ダメ出しビデオ」で繰り返し力説されるように
バッハのチェンバロ曲は、装飾音を正しく演奏できないほど速いテンポで演奏され続けている、
というのもおかしなことですね。
要するに「様式を理解していない」ということですね。
または「様式理解の必要性を理解していない」といいましょうか。
たまたまYouTubeを眺めていて見つけたのですが、シャコンヌを抜粋したビデオがありました。
https://www.youtube.com/watch?v=7y4lcQ7BTLw
ありがとうございます。
でもやっぱりアルマンドから順に聴くと違いますよね。