バッハを「濃く」弾いてはいけませんか?(ビデオ付き)

バッハを「濃く」弾いてはいけないのでしょうか?

「バッハはロマン派じゃないんだから」「バッハは音楽の父なんだから」「バッハは対位法なんだから」こんな言葉を何度聞かされたことでしょう。だからバッハはきっちりと弾くべきなんだ、と。

でも、私にはこのようにしか弾けないんです。無理して別の弾き方をすると、まるで心を込めることができないのです。

 

バッハのインヴェンション第13番イ短調という曲をご存じですか? この曲の後半は、突然それまでの美しい音楽とは正反対の厳しい音楽に変わるのです。いえ、少なくとも私にはそう思えてならないのです。まずは1つめのビデオで、その問題の部分を私がどうしてそんなふうに思うのか、私の話を聞いて下さい(5分くらいです)。

そうしたら、その「厳しい部分」をふまえて、この曲全体を通して聴いてみて下さい(3分弱です)。

私がこういう演奏をすると、「インヴェンションは子供向けの練習曲。そこそこ楽譜どおりに弾ければそれでいいんだ。」という人がいます。でも、バッハ自身はこの曲を長男に作ってあげる前に、長男には平均律クラヴィーア曲集の前奏曲を11曲も弾かせているんです。それほど鍵盤楽器の腕が達者になってから学ばせるのがバッハの意図なら、そしてバッハが自筆浄書譜に書いたように「とりわけカンタービレな奏法を習得し、それとともに作曲の予備知識を得る」のがインヴェンションの意図なら、弾き方が変わってくるべきだと思うのです。

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バッハを「濃く」弾いてはいけませんか?(ビデオ付き)” に対して6件のコメントがあります。

  1. はる より:

    平均率や組曲に目がいきがちですが、インベンションをまた違うやりかたで練習してみたくなりました!

    1. 八百板 正己 より:

      嬉しいです!
      インヴェンションのように易しくて短い曲は、弾くことの負担が少ない分、表現に気持ちを回す余裕が生まれますからね。

  2. Y.M. より:

    おはようございます。
    スコアを見ながら聴いてみると、後半に入ってから突然、減7度の下降が繰り返される部分は
    たしかに強烈な印象を受ける部分ですね。
    同じイ短調の、平均律クラヴィーア曲集第2巻のフーガを思い起こします。
    平穏な心が一転して悲嘆に暮れるような曲を弾かせることによって、
    バッハがこの曲に込めた想いを情感豊かに表現できるようになること、
    これがバッハの意図だったのかと思います。
    余談ですが、グレン・グールドがバッハの作品をピアノで演奏した時には、さぞかし「濃い」演奏、
    当時の批評家がこぞって「バッハをそんな風に弾いてはいけない!」と非難したような演奏を
    したのではないでしょうか?

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。
      楽譜を見ながら聴くと、いろいろなことに気付けますよね?

  3. 芹澤ヨシノリ より:

    第13番イ短調はインベンション全15曲中、抜きん出てロマン的な趣を帯びてますね。基本動機が分散和音なので、2声のカノンなのに極めて和声的に聴覚されるからでしょうか。だから速めのインテンポで弾こうと思う奏者の考えが理解出来ない。♩毎に1度→5度が繰り返されるのだから、♩= 1小節 ぐらいのつもりでないと、その変化を味わうことが出来ない。八百板先生のテンポならば、和声の変化を聞き取るだけで、アーティキレーションまで感じとる事が出来ます。
    この曲のグールドはひどい。チェルニーの指定テンポもあり得ない。

    1. 八百板 正己 より:

      私の考えを支持してくださって、とても嬉しいです。
      今までどういう校訂譜が出回って、どういう録音がされたか、という事に縛られずに、バッハと直接対話して本当のバッハ演奏を目指したいものです。芹澤さんのように考える方が増えていけば、クラシック音楽界も変わっていくことでしょう。

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