音楽は消え去るから尊い

私がまだ学生の頃、自分が音楽の道に進むことになるなんて思っていなかった学生の頃のことです。コンサートに行っても、演奏が終わると同時に音は消えてしまって、知らない曲だとほとんど覚えてもいなくて、何だかもったいない気がしていました。そのため、学生の頃の私はコンサートに行くよりも、何度でも繰り返し聴いて曲を覚えられるCDを買うことのほうがずっと多かったです。

でも、コンサートに行く目的は曲を覚えることじゃないですよね。目の前で生身の人間が演奏する、その現場に居合わせて、同じ空気を共有するのは、CDを聴くのとは全く別のことです。

それでも、絵画や彫刻なら、作品がいつまでも残るし、いつでも鑑賞する事ができます。それと比べて、やっぱり音楽には不利な面もあるのかな? と、すっきりしない気持ちを引きずっていた時期もあります。そのことをあえて考えないようにしたこともあります。

あなたはこのことをどう考えますか?

 

私が行き着いた答がまさに、冒頭でご紹介した「音楽は消え去るから尊い」なのです。ちょっと音楽以外の例で考えて見ましょう。

たとえば花束。きれいな花束をもらっても、数日あるいは一週間もすれば枯れてしまいます。では、もっと何十倍も長持ちする鉢植えをもらったほうが何十倍も嬉しいでしょうか?

もちろん鉢植えをもらうのは嬉しいことです。これから毎日、お日様に当てたり水をやったり肥料をやったり枯れた葉っぱを取り除いたり、楽しく世話をしながら四季を共にして、また一年後に花が咲くのを待ち望みます。

でもそれは、花束をもらった瞬間の劇的な喜びとは別のものですね。花束には長持ちさせようという発想はありません。手渡す瞬間の喜びだけに集中して作られます。花を選ぶときに「バラは数日で枯れるけど、カーネーションは一週間持つし、カスミソウなら何週間も持つからカスミソウをメインに」なんていう比較はしませんよね。

もらったほうもそうです。バラが数日で枯れることが分かっているから、もらったその日のうちに花瓶に活けて、枯れないうちにその姿をよくよく鑑賞しようと気を配るんです。

その証拠に、永久に姿が変わらない造花だと、来年見ても5年後に見てもどうせ同じだから、今日のうちによく鑑賞しようなんていう気にはなりません。

 

音楽も同じだと思うんです。終われば消えてしまうコンサートだから、今この瞬間に生まれている音を全身で集中して受け止めようとします。同じ演奏者が別の機会に同じ曲を弾いても、同じ演奏は二度とできません。(あ、ときどきいますけどね。同じ演奏を何度でもする奏者が。それは単に演奏という作業を機械的に繰り返しているだけで、その日のお客様や自分自身の本心と対話していない証拠です。)

絵画や彫刻だって、作られたときはピカピカですが、何十年何百年と経るごとに古びてきますね。それを「味わい」と呼びます。

もっと言えば、人が年を取って、いずれは天に召されることだって同じですね。「若いときは良かった。あの若さがずっと続いていれば」とか「若いときのまま永久に生きられたら」なんて言いますが、もし20歳のまま千年も生きたら幸せでしょうか? 私なら気が狂ってしまいます。51歳の私は1年間しか続かないし、この命だってあと何十年で終わるから、だから悔いを残さずに今のうちに挑戦しようという勇気を持てるんだと思います。

 

そうそう、「音楽は消え去る」といいますが、鳴っている音は消えて、曲の細部の記憶もほとんど残りませんが、もっといいものが残ります。「素晴らしいコンサートだった」という幸せな印象です。実際の演奏よりも美化されて残ります。だから、素晴らしかったはずのコンサートの録音を後で聴くとがっかりすることもあるんですよ。

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音楽は消え去るから尊い” に対して12件のコメントがあります。

  1. T.H より:

    幼い時に読んでもらった絵本や聞いたお話、見た景色や出来事などが沢山あります。
    それらはもう実際には目の前からは消えてしまいました。

    が残っています。たくさんの記憶がありました。音楽も音は消えても「素晴らしかった!」
    は残っています。そして語り継がれていきます。
    これからもいい音楽にめぐり合いたいと思います。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。

      昔のことをたくさん覚えているのは、いいことですね。私自身は、思い出そうとすれば思い出せても、うっかりすると、いい思い出があったことを忘れていたりします。一つ一つのいい思い出を、もっと大切なものとして扱おうと思います。

  2. Y.M. より:

    おはようございます。
    「一期一会」という言葉の通りで、あるコンサートを聴くことは生涯に一度だけで二度はなく、
    そしてコンサートが終わると、物理現象としての音は消え去ってしまいます。
    だからこそ演奏者も聴衆も、同じ場所、同じ時間、同じ空気を共有するその一瞬に集中しようとする、
    それがライブコンサート(生演奏)の、何物にも代え難い真価だと思います。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。

      今、とくにクラシック音楽のコンサートにお客様が来ないんだそうです。生演奏の良さを多くの人に気付いてほしいですね。

      1. Y.M. より:

        ちょっと思ったのですが、コンサートの詳細は記憶に残らなくても
        「素晴らしいコンサートだった!」という幸せな印象が残ること、それも
        実際の演奏よりも美化された印象が残ることは、ある意味で幸せなことだと思います。
        たしか太宰治の作品に、「忘却は人間の幸せである」という言葉があったような。
        もし将来、人間のように「音楽を聴いて感動する」ロボットが出現したとしても、
        「あらゆる演奏ミスを完璧に記憶してしまう」ロボットは、
        「思い出を美化する」能力を持った人間ほどには、幸せになれそうにない気がします。

        1. 八百板 正己 より:

          コメントありがとうございます。
          記憶の美化は人類が進化の過程で獲得した性質でしょうね。悪いことを都合よく忘れればこそ、生きていく力が得られます。

  3. T.h より:

    おはようございます。

    覚えていませんが以前にもコメントを書いたのですが、もう一つこの言葉にたいして思い出がありますので書かせていただきます。
     
     ず~っと昔高校3年の時です。琴の演奏を聴きました。以前は礼法室だったとかいう広い和室でした。演奏の方は2,3人だったと思います。広い会場でしたが聴く生徒はやはり数人しかいなかったようですが。放課後だったような?何を演奏されたかは覚えていませんが終わった時の先生のお話に「音楽は消え去るから尊いのです」と言われました。これだけが記憶にあります。多分初めて聞いた言葉でした。それから何かの時にこの言葉を繰り返し思い起こしていました。ちょっと謎めいていて、それでいて味のある忘れられない言葉でした。

    1. 八百板 正己 より:

      ありがとうございます。
      音楽の分野は違っても、みな同じことを考えるのですね。
      興味深いお話です。

  4. 星野裕子 より:

    連続コメント投稿すみません。
    ライヴに行くことの意味のひとつに、演奏者(演劇やダンス等のパフォーマーも) その人に「会いに行く」事があると思います (某アイドルグループみたいですが、、、)。
    CDやその他メディアで知ってはいるけど、実際に本人を目の当たりにすると、表現するものに、その人の気配のようなものがあらわれている気がします。
    やっぱりこういう人だったんだ、とか、あれれ、こういう面もあるのか、、、(良くも悪くも)とか。。。
    演奏等の表現が素晴らしいのは勿論ですが、人柄がしのばれるようなオーラをお持ちの方だと、会場全体が明るい生き生きとした雰囲気に包まれる事もあります。
    「一期一会」の出会いに接する事が出来た喜びを胸に、日々頑張って行こうと思えてくるのです。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。
      なるほど「人に会いに行く」という捉え方もありましたね。

      じつはそれは演奏する側にとっても同じなんですよ。
      特にチェンバロ独奏のコンサートは会場が小さいですから、お客様の顔ぶれが全部分かります。「今日は会場に○○さんも来ている」だからいつもより良い演奏ができる、ということもあるんです。

  5. hiroko kakiuch より:

    その場の感動、音、空気を共有する、
    それが生演奏、ライブの醍醐味ですね。
    それらはCDでは味わえない。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。
      まさに、おっしゃるとおりですね。

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