新潟大学で通奏低音の講義(写真付き)

新潟大学で通奏低音の講義をしてきました。

今日の特別講義は教育学部の「音楽科教育法(中等)II」と工学部の「ポピュラー音楽概論」の合同で実施されました。「どうして工学部でポピュラー音楽?」「どうしてバロック音楽の通奏低音がポピュラー音楽?」との疑問は奥が深すぎるので、ここでは説明できませんが。

曲は1737年にフランスで「ヴィヴァルディ作曲」と偽って出版されたソナタ集「忠実な羊飼い」からソナタ第6番ト短調の全曲です。当時のフランスは偉大な太陽王ルイ14世亡き後、タガが外れたように陽気なイタリア音楽が大量に流入して歯止めがかからず、イタリア人作曲家の名を騙って出版すれば良く売れたという時代でした。

さて、今日の講義は音楽大学のチェンバロ科や古楽科での実技授業ではありませんから、細かい奏法を指導しても仕方がありません。この簡素な楽譜からいかに大量の情報を読み取って、作曲家の頭の中にあったものを再構築するか、というデモンストレーションに徹しました。4楽章合わせて10分程度の曲ですが、その中から特に話題にしたい部分を80ヶ所近く選びました。(本当は音符の数だけ検討事項があって、それぞれに複数の演奏の可能性があるものですから、私がどう弾くかを検討したことを全部話したら千項目にもなってしまいますけれど。)

写真は第2楽章の冒頭です。上段を今日はリコーダーで、下段を今日はヴィオラ・ダ・ガンバで弾いてもらいました。チェンバロは基本的に左手で下段の楽譜を弾きますが、右手の音符は一つも指定されていません。ヒントとなる数字が書き込まれているほかは、すべて演奏者に任されています。これが通奏低音の難しいところ、かつおもしろいところです。ちなみに私はこの楽譜だけを見ながら演奏しましたよ。右手で弾く音を大体は決めておくにしても、楽譜に書いてしまうと硬直して、その時々の状況に応じて自在に変更できなくなってしまいますから。

冒頭に「Fuga da Capella」と書かれています。「礼拝堂のフーガ」という意味です。フーガ主題の冒頭の4つの音符はジグザグに動き、音符どうしを線で結ぶと楽譜上に十字架が現れます(十字架の音形)。その間、低音は休符ですが、チェンバロの右手はどうするのでしょう? フーガのような曲の通奏低音では、通常の和音主体の演奏とはがらりと弾き方を変えます。なんと、右手でリコーダーのソロをそっくり重ねて弾くんですよ。ご存じでしたか?

この「フーガの主題を右手で重ねる」というのは、通奏低音が誕生したばかりのルネサンス時代に、ポリフォニーの全声部をオルガン奏者が重ねて弾いていたことに由来しています。当時の理論書などにもちゃんと書いてあって、バッハだってヘンデルだって、曲がフーガ風になると突然通奏低音がポリフォニーの全声部をなぞるように弾け、と楽譜に書いてあります。でも、これを実践している奏者はまだまだ少数派みたいですよ。なぜかというと、20世紀半ばのバロック復興以来の数十年間の先駆者たちの録音でそれがなされなかったから。みんな勇気がないんです。「そんな演奏をしているCDは聞いたことが無いぞ」と言われるのが怖いんです。でも、ヨーロッパの若手演奏家たちはもう20年位前から勇気を持って実践しています。だから私も実践します。

と、ここまででまだ楽譜に書き込まれた①から③まで、3項目しか説明していません。こんな調子ですから、4楽章合わせて80項目近くを解説するのに90分の講義時間に収めるのは結構早口でも大変でした。聴いて下さった学生さんたちはもしかして消化不良を起こしたかもしれませんね。でも、自分で弾くことになったら80項目では情報が少なすぎると思うことでしょう。

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新潟大学で通奏低音の講義(写真付き)” に対して2件のコメントがあります。

  1. 芹沢ヨシノリ より:

    拝啓
    八百板先生
    通奏低音の演奏についての講義なのに色んなキーワードがあり、どんどん
    スピンアウトしてしまいます。
    やはり楽譜の販売促進のために、当時人気の地や作家名を偽名で出版する、という事が行われていたのですね。
    私は○音出版社から出ている上下2巻のソナチネアルバムに収録されているクーラウ作品の大半が、実は編纂者のケーラーとヘンセルトの二人による作曲であることを、楽譜考証の上から導いてはいました。
    が、この知識でそれを確信することが出来ます。
    なるほど、「エリーゼのため」でさえ、私が子供の時分はベートーベン作ではないかもしれない、などと言う今ならば到底信じ難い解説が結構あったものです。
    一方で通奏低音演奏、私が人前で弾くことなぞ無いでしょうが、とてもそそられます。ベートーベンもピアノ協奏曲3番の初演では、ピアノ譜が間に合わずメモを見ながら即興で弾いた、という事実があります。ネーフェからバッハを教わっていたのだから、案外通奏低音奏法に近いスタイルだったかもしれませんね。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。
      ベートーヴェンのピアノ協奏曲ですが、第1番の自筆スコアのチェロのパートには、通奏低音の数字が書かれているそうですよ。つまり、トゥッティの部分はピアノは休んでいるのではなく、通奏低音を弾くんです。ベートーヴェンは自分で弾き振りをしたので、なおさらですね。このごろはモダン楽器のオーケストラのコンサートでも、「皇帝」のトゥッティの部分にピアニストが和音を重ねる演奏が聞けるようになってきました。時代はどんどん私好みになっていくみたいで嬉しいです。

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