濁りのない艶やかな音と引き換えに(写真付き)

今から20年くらい前だったと思います。高名なチェンバロ奏者氏から、チェンバロの音を劇的に美しくするための「秘密の工作法」を仕入れてきました。

それは「チェンバロの可動部分をすべてピカピカに磨き上げる」というものです。

 

その頃の私は、自分のチェンバロの上鍵盤の音が、何となくざらついている、というか、濁っている、というか、そんな印象を持って悩んでいました。

そこで、そのチェンバロ奏者氏から教わったことを試してみることにしたのです。

上鍵盤のジャック(爪を取り付ける木の細長い部品)を抜いて、教わった通りに表面をまず荒めの紙やすりでこすり、次に細かい紙やすりで丁寧にこすり、最後に鹿革でピカピカに磨き上げました。

効果は絶大でした。ジャックがスムーズに動くことで、弦をはじく瞬間の爪と弦の相互作用もスムーズになり、結果として濁りのない艶やかな音に生まれ変わったのです!

 

と喜んだのも束の間でした。1ヶ月ほどすると、上鍵盤のタッチが部分的にとても重くなって、非常に弾きにくくなったのです。

私はタッチが重くなった上鍵盤のジャックを抜いて指で撫でてみました。

なんと、あんなにすべすべだったジャックが、指が引っかかるほど抵抗があるのです! 確かにピカピカではあるのですが、まるで滑り止めの塗装でも施したかのようです。

私はジャックをまた鹿革でこすってみました。すると、すぐに元のすべすべ状態に戻り、音も元の艶やかさを取り戻しました。

 

原因はいまだに謎ではあるのですが、私の推測ではこうです。

木でできたジャックは水蒸気を吸収したり放出したり、いわば呼吸しています。その過程で、空気中の汚れや埃が表面に付着するのです。今まではジャックの表面が比較的ザラザラだったので、ジャックは楽器本体とは点で接していたようなものと言っていいでしょう。汚れや埃で少々滑りにくくなっても、点接触なのでそれほど影響がなかったのだと思います。

それが、ジャックをピカピカに磨き上げたことによって、楽器本体と「面」でしっかり接するようになったのです。わずかな表面の摩擦の変化が、タッチに大きな影響を与えるようになったのでしょう。

 

というわけで、濁りのない艶やかな音と引き換えに、私は上鍵盤のジャックを鹿革で磨く作業を定期的におこなっているのです。

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濁りのない艶やかな音と引き換えに(写真付き)” に対して2件のコメントがあります。

  1. 加藤真弓 より:

    こんなに丁寧なメンテナンスを受けれるチェンバロくんは幸せですね
    私のレンタルしたスピネットさんもなかなかの気分屋です
    ちょっとマネして皮で拭いてあげようかな?
    壊してしまっては元も子もないので慎重に…
    先生のステキな演奏もこんな地道なメンテナンスの賜物なんですね

  2. Y.M. より:

    木でできた部品(ジャック)が水蒸気を呼吸しているとは、まさに「生きている楽器」ですね!
    木でできていて呼吸しているチェンバロに、呼吸しない(温度によって伸び縮みはしますか)金属の弦を張る
    ということは、木でできている胴体に動物の身体の一部(ガット弦)を張るリュートに比べて
    少しこう、木に竹を接ぐような、メンテナンスの難しさがある気がしますが、
    ルイ・ロットのフルートのように、木でできた管体に金属製のキーを取り付けた楽器も
    木と金属の性質の違いが、メンテナンスする時の加減に影響してくるのではないかと思います。

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