長い残響と無伴奏ヴァイオリン(写真付き)
群馬県高崎市内の結婚式場で、ヴァイオリンの風岡優さんとオール・バッハ・プログラムを演奏しました。驚いたのが会場の残響の長さです。3秒はあるでしょうか。風岡さんはソロとして無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番を選びました。写真はその練習風景です。
バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ。たった1台のヴァイオリンで、2人、3人、4人が合奏しているように聞こえる曲をバッハは書いたわけですが、いくらヴァイオリンの弦が4本あるからといってもそもそも無茶な話です。同時に弾ける弦は2本までで、それ以上は分散和音として弾きますが、鍵盤楽器の分散和音と違って、各瞬間でやはり同時に弾けるのは2本までです。録音などを聴いても「バッハの気持ちは分かるけど、これはやっぱり無理があるよね。心の耳で聞かないと4人の合奏には聞こえにくい」というのが私を含め多くの人の本音だと思うのです。
ところが、この会場で聴く無伴奏ヴァイオリンは違いました。残響が3秒もあるので、本当に4人で弾いているように聞こえるのです。特に第2楽章のフーガが圧巻でした。会場の後ろのほうで聴くと、直接音よりも天井から降ってくる音のほうが強いですから、なおさらその傾向が顕著でした。もちろん、こういう会場での弾き方を良く心得ていらっしゃる風岡さんだからこそ出来たことなのでしょうけれど。
バッハに限りませんけれど、こういう事って結構あるんです。音楽史上重要な役割を果たした作曲家のはずなのに、個々の作品には「いくらなんでも無理があるんじゃないの???」と疑問符がたくさん付くことが少なくないのです。そんなとき、「これはこういうものとして聴き慣れるしかないのか」とか「作曲された当時だってきっと人々には受け入れられなかったんだろう」などと、自分を正当化してしまうのです。
でも、真実は思わぬところから現れるものです。今回の場合は会場の残響の長さでした。ほかにも、当時の楽器の性能とか、当時の楽器編成とか、当時の客席の近さとか、当時の音楽家の身分とか。私たちが通常コンサートやCDでいろいろな演奏を聴き比べているのとは全く違う観点から、曲の本当のあり方が姿を現したりするのです。
一旦は歴史から姿を消したチェンバロがまた作られ演奏されるようになって半世紀以上。楽器の復元から始まって、演奏法の復元(楽譜にこう書いてあっても、それは作曲された当時はどう演奏されたのか)についての研究がずっと続けられてきました。演奏の歴史とは、紆余曲折を経ながらも長い目で見れば真実に向かって一歩一歩進んでいくものだと私は信じています。
真実は誰かが発見しただけでは意味を成しません。それが広まり、みんながそれを曲の本当のあり方だと認識するようになることが必要です。「みんなが」の中には、私が住む新潟県の聴き手の方々や、風岡さんが住む群馬県の聴き手の方々も含まれます。
だから、当時これらの曲が演奏されたであろう残響の長い会場で、バッハの無伴奏ヴァイオリンがどう響くのか。ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタでは、なぜバッハはチェンバロに和音をほとんど弾かせなかったのか。いろいろなことを新潟や群馬で実際に音にしてお伝えする責任が、私たち地方在住の音楽家にあると思うのです。
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今回の新発見のお話は、とても共感しました。
確かに、おっしゃる通りです。
今の時代に生きている私たちは、ややもすると、最先端の時代に生きているように勘違いして、先の時代に生きた先輩たちのことを、遅れた時代に生きた人々と思いがちに思います。
それぞれの時代に生きた諸先輩の行動や発言で、今考えると理解できないことも、矢尾板さんおっしゃるように、今の時代が見落としている何かがあるのではないかと考えて、敬意をもって付き合っていくのは、後輩としてのたしなみだと思います。
いいお話をありがとうございました。
藤田さん、嬉しいコメントをありがとうございます。せっかく頂戴したコメントが表示されるのが遅くなりまして失礼いたしました。
科学技術は確かに今の時代が圧倒的に進んでいますね。でも、もっと人間的なことについては、何かと科学技術に頼ってしまう分だけ退化しているともいえます。ヴァイオリンの名器ストラディバリウスはバロック時代に作られました。現代の科学技術をもってしてもバロック時代の手工芸を超えられないのですから、考えさせられます。
N響の終身指揮者だった岩城宏之氏は、ブルックナーにしばしば置かれるゼネラルパウゼの必然性が理解出来なかった。
が、オランダのとある残響の豊かなホールで演奏した時、パウゼでオケの余韻が天井に吸い込まれるような効果を聴きとり、やっと作曲者の意図が分かったと語っていました。
八百板先生のレッスンビデオの音声も、たいへんに残響が美しく、拙宅のピアノの響きの乏しさにトホホとなります。
コメントありがとうございます。
私のビデオの残響は、その大部分が楽器自体が持つ残響かと思います。音を消すダンパーが小さくて軽いので、指をキーから離してもすぐには音が消えないのです。スタジオにある1848年のプレイエルもそうです。
以前、小倉貴久子さんというフォルテピアノ奏者が、現代ピアノでハイドンを弾く時のアドバイスとして「ダンパーペダルをごく薄く踏みっぱなしにすると、当時のフォルテピアノが持つ残響が表現できる」と言っていました。
そうですね、ふみっぱなしにして、木のピアノのやわらかい残響効果をつくるというのだとおおもいます。
モーツァルトが初めてシュタインのピアノを弾いた時、ダンパーの消音効果に感嘆したのはピアノ史上必ず言及されますが、それでも現代のピアノよりも余韻を聴きとれるほどには残響があったのですね。
月光ソナタの第一楽章はずっとペダルを踏め、とベートーベンは指示していますが、案外チェンバロの残響を意識していたのかも、とも思えます。
初期のフォルテピアノでは、消音ダンパーがペダルではなく膝レバーでした。それで用が済んだのは、今のピアノ奏法のようにものすごく微妙で忙しいペダル操作が必要ないほどの、豊かな残響を持った楽器だったからとも言えます。
初期のフォルテピアノの中には、膝レバーどころか、鍵盤の横に付いたレバーを手で操作する(チェンバロの4フィート操作レバーのように)ものもあったそうです。もうそうなると演奏中のオン・オフは不可能です。つまり、チェンバロやオルガンのストップのように、「この楽章はオン」「この楽章はオフ」と一種の音色変更装置として使っていたらしいです。月光の第1楽章はそういう演奏習慣を反映したものです。
あぁ、ヤッパリ!
モーツァルトや初期ベートーベンの時代は、フォルテピアノはチェンバロと相対立するのではなく、機能や操作性も継承していたのですね。ベートーベン初期のソナタ、例えば7番の第一楽章は、チェンバロでも演奏・鑑賞出来そうです。
ピアノ指導者の大半は、ペダルの機能を「レガート」に限定し過ぎです。
てか、それがリバーヴ効果をもたらす、という音響概念が欠如している。
だからバツハとモーツァルトは絶対踏んじゃダメ、という誤った指導が堂々とまかり通っている。
グールドでさえ、晩年になるにつれ、随分ペダルを踏んでバッハを弾くようになっていくのが聞き取れます。
何時も色々教えていただきまして恐縮です。
モーツァルトの頃のフォルテピアノは、楽器の特性として現代のピアノよりもむしろチェンバロの方に近いですからね。
チェンバロとフォルテピアノの共存は半世紀以上続きました。作曲家がどんなにピアノの方を望んでも、受容する側がそんなに一度にチェンバロを捨ててピアノに買い換えるわけはありませんから。ベートーヴェンの悲愴ソナタも、初版のタイトルはたしか「チェンバロまたはピアノのための」でしたね。