ものすごく嬉しい褒め言葉

私の演奏が他のどんな演奏よりもいいなんて、褒めすぎです! でも嬉しいからありがたく頂戴します!

今日はチェンバロ教室の生徒さんが二人、見附のスタジオにレッスンにいらっしゃいました。そのお二人からそれぞれ褒められたんです。私が先生という立場を悪用して「この演奏、どうでした?」と強要したんじゃありませんよ。話の流れで、生徒さんのほうから言ってくださったのです。

 

ひとつは私のサイトの「無料ビデオ」のページに載せたオルガン・トッカータについて。その生徒さんはオルガンが大好きで、この曲についてもたくさんの演奏を聴いているそうです。それでも、私の演奏が今まで聴いたどの演奏とも違って、隅々まで楽しくて全然飽きないというんです。

これは私が特に意識していたことでもあったので、なおさら嬉しかったです。概してオルガン奏者の演奏というのは、チェンバロ奏者の演奏に比べて真面目です。悪い意味でも真面目すぎて、拍子の無い即興演奏を便宜上4拍子で記譜したようなところまで正確な音価できっちり弾く傾向があります。特にバッハ以降の音楽しか弾かないようなオルガン奏者はそうです。それに対して、ほとんど記譜不能な即興演奏のスタイルで書かれた古い時代のトッカータなどをたくさん勉強しているチェンバロ奏者から見ると、バッハの作品もそういう伝統の流れの中にあることがよく分かるのです。

今ではこの比較的有名な曲にはたくさんの演奏が残されていますから、それらと比べて解釈がどうとか、それらと比べてテクニックがどうとか、そんな聴き方がされるのかもしれません。でも私はあくまでこの曲を初めてお聴きになるお客様を意識して演奏しました。「バッハによる初演を聴いて唖然とした当時の聴衆は、どういう事に対してどのように唖然としただろうか?」という観点で演奏したのです。

言い換えるなら、こんにちに至る何十年ものバッハ演奏の伝統の延長線上に自分の演奏を置くのではなく、バッハに至る数百年のオルガン音楽の伝統の延長線上にバッハの作品を置く、という立場です。

 

もう一人の生徒さんは、先日の風岡優ヴァイオリン・リサイタルで弾いた「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番ハ短調」についてでした。リサイタルの少し前に、世界的な奏者による演奏がテレビ放映されたらしいのですが、それよりも私たちの演奏のほうがずっと良かったというのです。人生の悲哀をかみしめるかのようなあの曲、マタイ受難曲の中のアリアとも酷似するあの曲を、テレビの演奏では何とも軽く弾き流しているように感じたとのことです。

これも嬉しかったですね。というより、救われましたね。音楽は「どちらが上手か」「どちらが正しいか」そういう単純な尺度では測れないから、だから私のように世界的ではない者だって演奏していいんです。私のように世界的ではない者の演奏を求めてくださる方もいるんです。

 

あなたも、たとえ趣味の発表会であっても人前で演奏を披露する機会があるなら、誇りを持って取り組んでください。本気で取り組むなら、あなたの演奏だって誰かの心を動かします。世界的な奏者ができないことを、あなたが成し遂げるのです。

 

追伸

そのオルガン・トッカータの演奏はこちらでご覧になれます。細かい音をたくさん外していますけれど。

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ものすごく嬉しい褒め言葉” に対して1件のコメントがあります。

  1. 家合映子 より:

    今日のこのブログを読ませて頂き、先週金曜日のヴァイオリンリサイタルに行けなかったことを、少し残念に思いました。初回は行かせて頂きましたが、特にプログラムの終わりの方で、演奏者の人生、が聴こえてくるような、伝わってくるような、そんな時間がありました。ー私自身は演奏家ではないと思います。が、自分に与えられた、自分の分を果たすことが出来れば、と思います。

    1. 八百板 正己 より:

      コメントありがとうございます。

      「演奏者の人生が聴こえてくるような演奏」とは嬉しいお言葉です!(反対に、「楽譜が見えるような演奏」というのはいけませんよね。)
      もっとも、人生を表現しようなんて思いながら弾くのは、これまたダメですけどね。無心になって作曲家からのメッセージに集中したときに、演奏者の人生観が自然ににじみ出てきますね。

      1. 家合映子 より:

        そうなのですね。良いことを聞きました。ありがとうございます。

  2. T.H より:

    スタジオAの会場は第1回目と同じにほぼ満席だったと思いました。
    私は詳しいことは何もわからないのですが、最後の演奏曲が大変良かったなあと思っていました。先生のブログの中で「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番ハ短調」についての感想が載っていたので嬉しくなりました。私の感動した曲だったのです。CDを探して聴いてみようと思います。

    1. 八百板 正己 より:

      ご来場ありがとうございました。

      ほかの方々からも「最後の曲が良かった」との感想をいただいています。たとえ音楽の詳しいことをご存じなくても、感じる心をしっかりとお持ちでいらっしゃるのは素晴らしいことです。

      1. T.H より:

         お返事ありがとうございました。

        CDを何枚か聴いてみましたが、演奏者が目の前におられての生演奏はやはり聴き方が違うのだと思いました。自分もずいぶん真剣に聴いていたのだとわかりました。CDは聞き流してしまう部分が多いようでした。演奏される方も真剣に心をこめて弾いておられるので聴く方との真剣勝負(?)のような気がしてきました。覚えていたメロディがあったので嬉しかったです。

        1. 八百板 正己 より:

          おっしゃるとおりですね。
          私は生演奏は一期一会の貴重な場だと思っています。「神聖な」と表現してもいいかもしれません。今はCDのような便利なものがありますから、そういったもので聴き馴染んで、それからコンサートに行けば、その貴重な時間を一層有意義に過ごせるでしょう。

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