以前レッスンを受けた曲が弾けない
ある生徒さんから、このような悩みを頂戴しました。
以前に練習終了となった曲をもう一度弾いてみようとした時、全く弾けない場合が多いです。また最初からやり直し! 私はいったい何をしてきたのだろうと思ってしまいます。
私もかつて同じことを悩みました
じつは私も20年以上前のアマチュア時代に同じ悩みにぶつかって悩んだ経験があります。その頃はまだコンサートなんてしたことが無かったですし、チェンバロ教室にも通っていなかったので発表の場もありませんでした。そこで、何か形に残る目標を持とうと思い、「レパートリー表」なるものを作りました。持っている楽譜の曲目を全部書き写して、一応弾けるようになったら丸印を付け、生涯をかけて全部の曲に丸が付く日が来るのを夢見て練習に励みました。
無意味だと分かった「レパートリー表」
ところが、一度丸印を付けた曲が1ヶ月も経つとうまく弾けなくなり、半年も経つとほとんど忘れてしまっているのです。当時の私は完璧主義でしたから、弾けなくなった曲の丸印を消して練習をし直しました。弾けなくなったと思っても、初めて取り組んだときよりは短い期間でまた弾けるようになるもので、少しは安心しました。でも、しばらく続けていて気が付いたのですが、過去に弾けた曲をどんなにこまめに練習し直したとしても、満足に弾ける曲の量には限度があるのです。すごく易しい曲を全部含めても演奏時間にして2時間分がせいぜいでしょうか。弾ける曲が移っていくだけで増えないのです。落胆した私は作った「レパートリー表」を破棄しました。
今度は「人前で弾いた曲リスト」
プロに転向してコンサートをするようになりました。私にとってはこれが救いでした。破棄したレパートリー表の代わりに、「人前で弾いた曲リスト」を作ることにしたのです。コンサートをすればするほどリストが増えていきます。満足に弾けても弾けなくても区別しませんでした。どうせ何年かして上手になって思い返せば、今満足に弾けたと思った曲も全部「あの頃は下手だったなあ」となってしまうに決まっているからです。
「人前で弾いた曲リスト」を増やすことも無意味に感じる
演奏活動を始めて10年くらい経ってからでしょうか、今度は「人前で弾いた曲リスト」の更新作業が何年分も滞るようになりました。リストを増やすために初めての曲ばかりをプログラムに並べるのは害があると気付いて、価値を見出せなくなったのです。まず練習時間が非常にたくさん必要です。仮に練習時間が確保できたとしても、何度も本番で弾いて本当に手の内に入って心を込めて余裕で弾ける曲をプログラムに入れないのでは、コンサート全体の完成度が下がります。もう一つ、過去に何十回も弾いた曲だって、そのコンサートの置かれた状況によっては最善だったりします。一期一会のお客様の喜びよりも「リストを増やす」という自分の勝手な満足感を優先するようでは、コンサートが始まる前から失敗が決まっています。
練習の成果は自分の向上という形でちゃんと蓄積されていく
今では、そうした演奏の記録は何もまとめていません(チラシとプログラムだけは資料としてファイルしてありますが)。目に見える記録にまとめなくても、ある曲を一定期間かけて練習した成果は「演奏能力や感受性の向上」という形で蓄積されていくのが分かっているからいいのです。何年か前に弾いた曲をもう一度練習してみると、あれほど練習に苦労したのに今では余裕があったり、今までは素通りしていた所でも今では美しさに気付いて惚れ惚れしたり、何らかの形で必ず向上している自分に気がつきます。
結論として、「明日にでも人前できちんと弾ける曲」という意味でのレパートリーは私だって増えることはありません。曲目が移っていくだけです。それよりも、いろいろな曲を次々に経験することによって自分が向上すること、その素晴らしさに目を向けましょう。
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