シェイクスピアとチェンバロ(ビデオ付き)

シェイクスピアが活躍した時代って、音楽で言うとどんな時代だったか分かりますか?

「ハムレット」が書かれたのが1601年だそうです。バッハが活躍したのは1700年代の前半ですから、約100年前ですね。バロックより前、ルネサンス時代の終わりごろです。

音楽史を調べると「1600年ごろからバロック音楽が始まる」なんて書いてあったりしますが、それは新しいもの好きなイタリアの話。イギリスは音楽の面ではけっこう保守的で、まだまだルネサンス音楽が全盛だったんです。

あなたはルネサンス音楽を日常的に聴きますか? って、野暮な質問でしたね。せいぜい「バッハを日常的に聴く」という人の100分の1くらいでしょうか。なので、今日はシェイクスピアと密接な関係があるチェンバロ曲をひとつご紹介しましょう。

 

シェイクスピアが書いた劇の台本には、よく歌が出てきます。劇の観客はロンドンの町の民衆なので、出てくる歌はみんな町の流行歌や民謡です。そういう庶民の音楽って、じつは楽譜が後世に残ることがほとんどないんですよね。庶民は楽譜が読めなかったから、それにどうせ毎日歌っていて知っていたから、楽譜が流通する意味が無かったんです。

ただし、例外もあります。庶民の歌のメロディーを元に、宮廷作曲家が変奏曲を残した場合です。

「ハムレット」の第4幕第5場、ハムレットの恋人オフィーリアが、度重なる事件で気が狂ってしまい、リュートをかかえて「ウォルシンガム」という歌を歌う場面があります。

この「ウォルシンガム」というのはイングランド中部にある巡礼の聖地の地名で、巡礼歌の名前でもあります。

その巡礼歌のメロディーを使って、当時イギリスの最大の音楽家であるウィリアム・バードが長大な変奏曲を作りました。メロディー自体がとっても素朴で、さらにバードは変奏曲を教会旋法(ドリア旋法)で書いたものですから、なおさら郷愁をそそられる特別な雰囲気が満載なんです。

 

私はこの曲をNHKのFM番組で聴いて高校生の時から知っていました。そして念願の楽譜も手に入れてピアノで弾いて楽しんでいました。変わり者の高校生でしょ?

あれから40年、毎週のようにチェンバロのビデオ収録をするようになってからも、「いつか必ず収録するぞ」と決めていました。

そしてついに、その時がやってきたというわけです。練習にはけっこう日数がかかりました。主題のメロディーは8小節と短くても、変奏が22番まであるんです。しかも大半が4声や5声の対位法。

大変ではありましたが、やり遂げた充実感に浸っています。最後の22番では、私はいつもイングランド特有の荒野と灰色の空が目に浮かんできて、しみじみと感動してしまうんです。

ではお聴きください。使う楽器は古い時代のチェンバロの仲間「ヴァージナル」です。ついでに言うと、調律法も時代に合わせて中全音律です。楽器の古さと調律法の古さも、曲にぴったり合っているんですよ。

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シェイクスピアとチェンバロ(ビデオ付き)” に対して4件のコメントがあります。

  1. Y.M. より:

    庶民の歌が楽譜となって残ることが少ないのは、いつの時代でもそうですね。
    バッハがゴルトベルク変奏曲のクォドリベットに使わなかったら、あの2つの歌は現代に伝わらなかったかもしれません。
    シェイクスピアの時代には、きっとイギリスで大流行していたに違いないヴァージナルも、
    バッハの時代には廃れていたかもしれませんが(もしフェルメールが絵に描かなかったら、
    ヴァージナルという楽器が存在していたことが現代に伝わらなかったかもしれませんね)、
    今、居ながらにしてヴァージナル音楽を聴けるのはありがたいことです。

    1. 八百板 正己 より:

      ありがとうございます。
      ヴァージナルという楽器を私はとても好きなのですが、これでバッハを弾いても様にならないんですよ。音が速く減衰しすぎて。
      逆に、バッハの時代のチェンバロでルネサンス音楽を弾いても、やっぱりどこかおかしな感じです。

  2. T.H より:

     久しぶりにヴァージナルの音を聴かせていただきました!
    優しく、懐かしいような音色だと思いました。
    いつか同じ曲を3つの楽器で弾かれるのを聴いてみたい気持ちです。
                    ありがとうございました!!!

    1. 八百板 正己 より:

      嬉しいお言葉です。
      ヴァージナルの音を気に入ってくださってありがとうございます。
      同じ曲でも、楽器が違うとだいぶ雰囲気が変わりますよ。

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