40年間で最高の演奏(ビデオ付き)

ああ、幸せです! バッハのこの曲に、こんなに素晴らしい演奏が現れるなんて!

今、毎日のようにチェンバロスタジオで弁当を食べた後のちょっと頭がボーッとしがちな時間に、YouTubeでバッハを聴くのを日課にしています。チャンネルは先日からいくつか演奏をご紹介している「オランダ・バッハ協会」です。

今回見つけたのはバッハのクリスマス・オラトリオの第1部です。「見つけた」というのは、何しろ見たい動画が猛烈にたくさんありすぎて迷子になるからです。彼らは古楽器でバッハのすべての作品をビデオ収録してYouTubeに公開する、というとんでもないことをやっています。私は毎日1本か、時間が許せば2本まで見ていいことに決めていますが、動画が追加されるスピードのほうが速いんじゃないか?と思うほどです。

 

それにしても、素晴らしい演奏が現れたものです。

冒頭の合唱のリズム感とテンポ感からして、今まで私がいろいろ聴いた中で断トツです。オーケストラの団員なんか弾きながら笑ってるし、通奏低音のオルガンは「これでもか」と高い倍音を重ねてクリスマスの歓喜を後押ししてるし、こんなに楽しそうで幸せそうにバッハを演奏する姿を私は初めて目にしたと思います。

冒頭合唱の中間部からダ・カーポするときに、バッハが書かなかった休止なんか挿入しないで、ちょっとリタルダンドしただけで拍どおりなんです。ロマン派じゃないんだから、そう来なくちゃ! すごーく嬉しいです!

レチタティーヴォがまたすごいんです。冒頭合唱の次に「福音史家」のテノールが聖書の福音書の一部を語るところなんか圧巻です。楽譜では8分音符や16分音符で書かれているのが、もう完全にドイツ語の語りのタイミングに同化しています。この演奏からは楽譜を起こせません。

しかも、「テノール歌手が歌ってます」という感じじゃないんです。礼拝で牧師先生が説教をしているかのような表情と身振りです。楽譜なんて全然見ていません。一言一言を語るごとに会場のあちらこちらに目配せをして、そこにいる全員に聖書の言葉を伝えている感じ満載です。ここまで役柄に没入するなんて、すごいことです。

アリアになると、この指揮者は本来コンサートマスターなので、やおらヴァイオリンを持って弾きながらオーケストラを導きます。ヴァイオリンの弓さばきが変幻自在で、「こういう微妙なことは指揮者が棒を振るのじゃ表現できないよなあ」と納得させられます。

 

思い起こせば40年前、だったと思います。私はこの曲のレコードだったかCDだったかを買って、がっかりしました。どの楽章もテンポがやたらに遅いし、8分音符は全部テヌートだし、レチタティーヴォは正確に音符の長さを楽譜どおりに守ってるし。当時高校生くらいだった私ですが、子供心にも「それは無いでしょう!」と呆れました。

どうしてそんなに遅くてテヌートで楽譜どおりなのでしょう?「偉大なバッハの宗教音楽」だと、遅く弾かないといけないのでしょうか? ねばっこいリズムで弾かないといけないのでしょうか? レチタティーヴォを楽譜どおりの音価で歌わないといけないのでしょうか?

宗教音楽と世俗音楽をそのように全く別物として扱うのは、じつは人々の信仰心が薄れた19世紀以降のことなんだそうです。めったに神様のことを思い出さないものだから、たまに思い出した時には普段と全然違うものとして特別な感じに演奏する、というわけです。

バッハの時代は違いました。人々の信仰心は篤く、世俗も宗教も一体でした。お殿様を称えるカンタータを作ったら、一度限りでお蔵入りさせては惜しいからと、歌詞だけ入れ替えてそっくり教会カンタータに転用する、なんていうことはしょちゅうでした。このクリスマス・オラトリオだって、じつはそうやって転用して生まれた曲なんです。

とにかく聴いてみてください。

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40年間で最高の演奏(ビデオ付き)” に対して2件のコメントがあります。

  1. k552 より:

    今朝はメールチェック後、時間があったのでそのままビデオを拝見しました。
    確かにメリハリのある輝かしい演奏だと私も思いました。
    先生が評価されるのももっともな気がします。
    クリスマスオラトリオはもともと明るい曲で、私はナクソスの3枚組CDを持っているだけでほとんどシーズンに聴くだけなのですが、さっそく聞き比べてみましたが映像も手伝ってかこちらのビデオのほうが断然リズムやテンポがはっきりとしています。
    ナクソス盤も1992年録音で古くは無いんですが、、、、
    古楽器での演奏がメインになる前のバロックの演奏モノは何処かオブラートで包んだというかラップをかけたようなゆったり曇った感じの演奏も結構あったように思います。
    時代の解釈もあるかと思いますが、このような輪郭のはっきりとした明るい演奏は好感が持てますし、私は好きです。

    1. 八百板 正己 より:

      ご丁寧なコメントをありがとうございます。

      多くの団体が古楽器でバッハを演奏するようになったことで、単に古楽器で演奏しているというだけでは価値がなくなってきました。
      私は今回の動画を新鮮な驚きをもって聴いていますが、やがてこのくらいのレベルがバッハ演奏の標準になっていくのでしょう。
      面白い時代になってきました。

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