過去40年間の自分の弾き方を否定しても
バッハのシンフォニア第13番イ短調。演奏時間2分少々の小品です。ピアノ教室で弾いたという人も多いでしょう。
私もこの曲を弾いたのは近所のピアノ教室にかよっていた中学生の時です。私はそのころからこの曲が大好きでした。
その頃だったか、もう少し後だったか、忘れてしまいましたが、この曲をチェンバロで弾いたレコードを持っていました。その演奏がとても可憐で、「世間では練習曲としか見なされないこの曲も、こんなふうに弾くと他のバッハの大曲と対等に聴ける立派な芸術なんだ」と思ったものです。
そのレコードの影響で、後に自分もプロのチェンバロ奏者になってから、私はこの曲をコンサートの舞台で何度も何度も弾きました。コンサートで一番多く弾いたシンフォニアがこの13番かもしれません。もういつでも弾けるレパートリーになっていました。
それがです、今回ビデオ収録に向けて改めてじっくり弾き込むうちに、大変なことに気が付きました。
「今まで40年間弾いてきた主題のフレージングが間違っていたかもしれない!」
影響を受けたそのレコードでは主題をどういうフレージングで弾いていたのか、そういう細かいことまでは覚えていません。ですから、今まで40年間私が弾いてきたフレージングの責任はレコードにはありません。単純に「バロック音楽の3拍子だったらこうでしょ」と私が短絡的に決め付けていただけです。
でも、弾けば弾くほど、新しい解釈の方が魅力的に思えるのです。
こうなったら、過去に自分がどう弾いてきたかなんて関係ありません。自分が今真実だと思うことを実践するまでです。結果として、主題のフレージングと低音の拍子感とがはっきり対立する、とても立体的なシンフォニア第13番になりました。
こういう驚きがあるから、バッハを弾くのをやめられないんです。チェンバロ奏者になって良かった!
主題のフレージングを具体的にどう解釈したのか、あなたも知りたいですか? それならまずこちらのビデオをご覧下さい。ちゃんと証拠を提示して丁寧に説明しています。
それによって曲全体がどのように立体的になるのか、この曲の通し演奏のビデオもご覧下さい。
どうですか? この曲をこんなふうに弾くのを聴いたことはありますか? あなたの感想をお聞かせいただけると嬉しいです。
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おはようございます。
IMSLPからダウンロードしたシンフォニア第13番の楽譜には、
装飾音は15小節目の左手に1つあるだけで、スラーはどこにもありません。
八百板さんが解説された装飾音、特にフレージングに重要な影響を及ぼす
フランス式の装飾音のようなものは、みな演奏者の解釈に委ねられているようですね。
バッハがインヴェンションとシンフォニアを作曲した意図の中には、
装飾音のついてない旋律を演奏する時にどのようにフレージングするか、そのためには
どのような装飾音をつけて演奏したらいいか、それを学習するための教材を与える
という意図があったのかもしれないと思います。
「それは無いでしょう!」の記事に
>でもバッハが、フランス宮廷の優雅で洗練されたお洒落な雰囲気を出すための装飾音を書いた
>意図を理解するならば、自ずと、ゆったりとしたテンポに落ち着くと思います。
こう書きましたが、八百板さんの演奏は、手許のCDよりテンポが遅いと感じました。
でもそれは、ビデオで解説されていた最初のあたりにある、小節線を跨ぐ
フランス式の典雅な装飾音にふさわしいテンポを探求した結果だと思います。
3拍子の曲であることもあって、フレージングの仕方が踊りのステップに通じる
ところがあるようにも感じました。
それにしても、40年間「この解釈が正しい」と信じていたことが突然覆るとは。
50代の八百板さんの解釈が、これから先、60代、70代、80代……と齢を重ねるごとに
変化していくことが想像されるようです。
バロック音楽の演奏、解釈にに限らず、あらゆる芸術には
「これで完成、もう一点一画も変わる余地がない」ということは、決してないのでしょうね。
追伸ばかりで申し訳ありませんが、イタリア協奏曲の時は
>ところがです。私のバッハ演奏に対する基準が、この2年間で大きく変わっていたんですね。
>そう、今までの私は「何となく弾ける」ことで満足していたのです。
>何となく弾く音符は一つもあってはならないのです。
インヴェンション第2番の時は
>でも、どう弾いていいのか納得いかなくて、ずーっと悩んでいたんです。
>でもその都度「ああ、今の自分には弾けない」と思い知らされました。それでずっと封印していたのです。こういう場合は自分が成長するのを待つしかありません。
バッハのチェンバロ曲に対する解釈の仕方、演奏に際しての在り方が
何年もかかって、でも着実に変わっておられることが、ブログを拝読すると伝わってきます。
ご丁寧なコメントと追伸をありがとうございます!
私が弾いた装飾音は、すべてバッハの弟子の楽譜に記されているものです。
バッハによるレッスンの結果が反映されていると考えられています。
それなのに、これらの装飾音を無視する奏者がほとんどです。
残念なことです。
ずっと前のブログの記事に、バッハがシンフォニア第5番の自筆譜に
後から大量の装飾音を書き込んで、それを弟子に写譜させたという記事がありましたが、
八百板さんが弾いた装飾音は、バッハが弟子に、自分の楽譜に書き込ませた装飾音、
あるいはバッハ自身が弟子の楽譜に書き込んであげた装飾音、ということですね。
装飾音がバッハの筆跡だったら「バッハが加筆した」と説明されているはずなので、装飾音を書いたのも弟子なのでしょう。弟子の筆写譜を確認したわけでないので推測ですが。
筆跡と言えば、アンナ・マグダレーナが夫の自筆譜を写譜する時に
とても忠実に似せて写譜していたので、従来バッハの自筆譜と思われていたのが
最近の研究でアンナ・マグダレーナによる写譜だとわかった、
というような話を読んだことがあります。
夫の楽譜を毎日写譜しているうちに、自然に筆跡が似てきたそうですね。