簡単に弾けてしまう音が疎かになる(ビデオ付き)
かつての私の至らなさを白状しましょう。
妻と出合った頃のことです。私のコンサートを聴きに来てくれた妻に言われました。「簡単な曲になると心がこもってないみたい。音色とかのテクニックのことで頭が一杯だからかな?」
簡単な曲になると心がこもってないのは、まさにその通りでした。でも理由は違いました。私は音色とかテクニックのことすら考えていなかったのです。
その頃の私は、とにかく楽譜にある大量の音符をその通りに弾く事で精一杯でした。そんな無茶な選曲とスケジュールのコンサートばかりしていたので、演奏中に考えることは次の音を正しく弾くことだけ、という癖が付いてしまっていました。つまり、考えなくても指が動く簡単な曲では何も考えないという有様だったのです。それを妻は「音色とかテクニックのことで頭が一杯」と善意に解釈してくれたわけですが。
その後、音楽とはそういうものではないんだという事を、妻からしっかりと教えられました。おかげで、今では簡単な曲ほど心を込めて弾けるようになってきたと思います。ああ、あの頃のコンサートを全部やり直せたらなあ。
さて、簡単な曲に心を込められるようになっても、まだその先の課題がありました。右手が速くて難しい音を弾いている時の、簡単な左手。さらには、右手の1、2、3の指で速くて難しい音を弾いている時の、時々音を出すだけの右手の5の指。こういった、「難しい曲の中の簡単な音」が疎かになるのです。
これはなかなか解決しませんでしたが、今ではとても効果的な方法を思い付いて使っていますのでご紹介しますね。
それは、その簡単な音に「とても意味深い歌詞を付けてみる」ことです。
例えば2つの音符からなるモチーフに「Herr Gott!(主なる神よ!)」とか、4つの音符からなるモチーフに「Jesu Chrisite!(イエス・キリストよ!)」とか。弾く曲がフーガだったりすると、カンタータの中の合唱やアリアや重唱をイメージしやすいです。私はキリスト教徒ではないのですが、年がら年中バッハの音楽と向き合い、車の運転中にはバッハの教会カンタータ全集を聴きまくっているので、今の私にとってはこれがいちばん効きます。
こういう歌詞を付けてみると、その簡単な音符が一気に最重要の音符に格上げされます。そして不思議なことに、出来上がった録音を聴いてみても、確かにその簡単な音符がよく聞こえるのです。
下に紹介するビデオで聴いてみてください。
あなたのコメントをお待ちいたします
下のほうのコメント欄で、あなたのお考えをお聞かせくださると嬉しいです。
(システムの都合により、いただいたコメントがサイトに表示されるまでに最長1日程度お時間を頂戴する場合があります。あらかじめご承知くださいませ。)
おはようございます。
フーガの主題というのは、どんなに簡単な音であっても、作曲者にとっては
そのフーガの最も重要な音として、何よりも思いを込めて作り出した音のはずですから、
作曲者の思いを聴衆に伝えるために、どのような工夫をするか、それが
演奏者の腕の見せ所だと思います。
「とても意味深い歌詞を付けてみる」とは、実に興味深い方法だと思いました。
ありがとうございます!
一つの声部を歌いながら練習というお話が以前にあり気になっていましたが、このようにテーマだけだったら自分にも挑戦できそうと思いました。でも、その曲にぴたり合った歌詞を見つけるのは難しそうです。
コメントありがとうございます。
歌詞は、べつに他人に聞かれるわけではないので、何となくそれっぽいカタカナのおまじないでも結構効果ありますよ。
確かにおっしゃる通り、よく聞こえますね。バッハも同じように弾いていたりして。
ありがとうございます!バッハ本人なら、全声部に隅から隅まで歌詞をイメージできると思います。
3年ぶりに、この記事を読み返していて、ふと思ったのですが
グレン・グールドのピアノによるバッハ演奏の録音に、グールドが演奏中に歌っている声が入っている、というのは
この「歌いながら練習する」という練習法を考えついて、日々実践していたグールドが、
本番の録音の時にもつい歌ってしまったか、わざと歌ったか、したのではなかったのでしょうか。
デジタル録音の今なら、「グールドの声だけを消す」ことも可能でしょうけれど。
グールドの歌は「見かけの綺麗さよりも大切な事がある」というメッセージなんだと思いますよ。
私は声に出しては歌いませんけど、心の中ではしっかり歌っているつもりです。