作られてから130年も誰にも吹かれずにフランスのお城の塔に隠されていた木管フルートの名器「ルイ・ロット」。その保存状態から「世界に1本かもしれない」とも言われる幻のフルートを、響き豊かな親密な空間で奏者の目の前で堪能してください。
日時 | 2019年12月6日(金)18:30開場、19:00開演 |
出演 | フルート:浅利守宏 / チェンバロ:八百板正己 |
会場 | りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)スタジオA 新潟市中央区一番堀通町3-2 |
曲目 | J.S.バッハ作曲: フルートと通奏低音のためのソナタ ホ長調 BWV1035 フルートと通奏低音のためのソナタ ホ短調 BWV1034 フルートとチェンバロのためのソナタ ト短調 BWV1020 フルートとチェンバロのためのソナタ 変ホ長調 BWV1031 |
料金 | 全席自由 一般3,000円、学生1,500円(当日各500円増し) |
主催、ご予約、 お問い合わせ | バッハフルート全曲プロジェクト 浅利 090-4522-2964 amaranth0206@msn.com 八百板 090-7254-5057 mail@cembaloyaoita.com |
プレイガイド | りゅーとぴあインフォメーション、新潟伊勢丹、コンチェルト、 ヤマハミュージックリテイリング新潟店 |
ずっと探していたフルート奏者
バッハにはフルート独奏曲が8曲残されています。これらを、私が新潟で最も信頼するフルート奏者の浅利守宏さんと2回のコンサートで完全網羅することになりました。今回はその第2回、完結編です。
新潟県にはフルート奏者の方がたくさんいらっしゃいます。いったい何人いらっしゃるのか見当も付かないほどです。私が演奏活動を始めてからの20年間にもいろいろな方とご一緒する機会がありました。それでも、私は浅利さんと初めてバッハのフルートソナタをご一緒したとき、「ああ、私が探していた人が新潟にいたんだ!」と興奮したのを覚えています。
私は浅利さんの、フルート奏者としての揺るぎない技術と表現力、妥協を許さない真摯な姿勢を尊敬しています。(一方で浅利さんは、私が音楽家には珍しい「理系人間」としての分析力で説得力ある解釈を提示してくるのが興味深い、と言ってくれています。)
浅利さんと出会って3年、この間にバッハの4曲のフルートソナタを舞台でご一緒しました。私は今までの演奏の中で、自分のやりたいことが浅利さんのせいで出来なかったということが一度もありません。お互いに刺激しあって、一人で考えていたときよりもずっと豊かなバッハが出来上がるのです。
「世界にたった一本のフルート」とは? 浅利守宏さんへのインタビュー
八百板:
今回のコンサートに浅利さんが使う「ルイ・ロット」というフルートがどれくらいすごい楽器なのか、どれくらい珍しい楽器なのかを教えてもらえますか?
浅利:
「ルイ・ロット」はフランスで代々続くフルート製作家の名前です。彼らが作ったフルートもまた「ルイ・ロット」と呼ばれています。
ルイ・ロット自体、それほど珍しいかといえばそうでは無いです。ただ、今のフルートの造り方と比べると家内制手工業で大量生産の難しい工程で作られたことで、生産本数はとても少ないです。例えば、キィ1つを取っても今では作るのが無理と思われる程小さく薄く出来ていて、今のフルートのキィと比べると一目瞭然です。
金属菅ですと、菅は一つ一つ人の手によって巻いて作られています。これによって、今のフルートには無い通る音を実現させています。そして、歌口も小さく焦点を合わせるのに一苦労します。
さて、私の持っている木製のルイ・ロットはイギリス・ロイヤル・アカデミーの博物館に展示されてあった楽器です。持ち主はフランス・ボルドー地方にワイナリーを持つイギリス貴族の方でした。そこの城の塔に隠されていたフルートで、誰も吹いた形跡が無かったものです。それがとても珍しく、このようなフルートはおそらく世界に一本しか無いでしょう。
八百板:
世界に一本! それは貴重ですね。
浅利:
その持ち主だった貴族の方が博物館に展示されているルイ・ロットを見て、「本来楽器は演奏されるのが本望。このように展示されているのは心が痛む。」と申されました。またまた、偶然私の演奏会を聴かれて、貴族の方が私に吹いてほしいとおっしゃってくださったのです。それはそれは、とても光栄な事でした。
八百板:
世界に一本の貴重なフルートを間近で聴ける私たちもラッキーです。そんな楽器がここ新潟にあるなんて、素晴らしいことです。
浅利:
ただ、私のイギリスの恩師ウイリアム・ベネットはルイ・ロットを改良して演奏される方。「ルイ・ロットは現代風に改良されることにより活かされる」とお考えでした。しかし、一本のコーカスウッドで造られた美しいルイ・ロットに手を加えることを私は拒みました。全く後世の人の手が加わってないルイ・ロットは今一体何本あるのかを考えたら、それはすべきでないと考えました。
それが、今私の手にあるルイ・ロットです。第一次世界大戦、第二次世界大戦を目の当たりにして来た美しいルイ・ロットをそのままの姿で後世に渡すのが私の務めと考えています。
八百板:
恩師との関係が悪くなることも恐れずに楽器を守るとは立派ですね。今でも恩師とは何度も会う機会があるんでしょう? そのように浅利さんが守ってくれている名器を、今回のコンサートでは新潟の皆様にすぐ目の前で惜しげもなく披露していただきます。この貴重な機会に私も居合わせることが出来て光栄です。
「名器ゆえに吹きにくい」「バッハは全ての音楽に対する啓示」浅利守宏さんへのインタビュー(その2)
八百板:
今回演奏に使う名器ルイ・ロットは、木管でもキーは薄く作られているんですね? そのことによる音や演奏への影響はいかがですか?
浅利:
キィに関しては作り手の意見を聞かないとですが、操作性は優れています。なぜ、これが継承されないのか不思議に思います。職人泣かせの技術だと思います。ルイ・ロットを直せる人は世界に何人いるのかな? と考えてしまいます。日本には信頼出来るのは一人だけです。
八百板:
ルイ・ロットは吹きにくいのですか? えてして名器と呼ばれるものは普通の人には手に負えないものですけれど。
浅利:
ルイ・ロットは歌口の穴がとても小さく、また今の楽器のような音が大きく鳴ったり、どんな息でも綺麗な音が出るような施しはされていません。その楽器に対しての知識と、無駄な息を無くし(息を少なく焦点を絞ること)、無駄な動作を無くさないとルイ・ロットは素直に音を出してくれないです。体の調子によってフルートの音が左右されます。
八百板:
さすが名器! 奏者の技量が試されますね。
浅利:
イギリスで恩師ウイリアム・ベネット先生には「全ての音をベタに鳴らしすぎだ!」とこっぴどく注意されました。そのうち、弱拍(2拍目の裏や4拍目の裏)は音を殺せと言われたのです。でも、すぐには出来ませんでした。私がその当時持っていたフルートはとても性能が良く、全ての音が鳴ったからです。そして、イギリス室内管弦楽団でベネット先生の隣に乗る機会があり、先生の音の抜き方の余りの美しさにフルートを落としそうになりました。
八百板:
私が知っている浅利さんはバッハをいつもルイ・ロットで吹いていますが、楽器とバッハの音楽との相性が合うんですか?
キザな言い方ですが木製のルイ・ロットは何処かパイプの煙のような、音に良い薫りがするような気がしています。パイプをくゆらせたことはありませんが、あのパイプの煙りから醸し出されるる何ともいえない薫りがバッハの曲には合っていると思っています。
木製ルイ・ロットの木目を眺めていると経年変化によってくすんだ箇所と造られた当時のまま艶が残っている箇所があるんです。それは使い古された道具のように美しい個性になっていて、一つ一つのヴァイオリンがそれぞれの音色を持っているのと同じに木管フルートもなんです。そして、その木目の艶の経年変化は、まるで囲炉裏の煙りで燻されたかのような色の変化をしていて、フルートに口をつけるとそこから漂う木の薫りは音にも作用している気がしています。
八百板:
私と出会う以前にチェンバロとバッハを演奏する機会はありましたか? 納得いく演奏はできましたか?
浅利:
以前イギリスで、幾人かのチェンバリストと演奏しました。国籍も違い、中々言語のコミュニケーションに難しい面もありました。そして、話す言語や宗教心によって、それぞれバッハのとらえ方が違っていて面食らったところもありましたが良い経験をしました。
特に西洋の中でも、地域によって宗教心は、深層心理の中だったり日常生活の中に常に神を感じていて、人によっては非常に厳格にバッハを演奏すべきとアドバイスされ、また他の人からはもっと革新的に演奏しても良いとアドバイスを受けたりしました。そして、ある先生からはレッスンで、「楽譜上では合っている。ところで君はいったい何の宗教を信じているのだ?」と質問され回答に苦慮しました。というのは、向こうでは無神論者は批判される対象になるからです。
八百板:
浅利さんの中でバッハの占める位置というか、意味というか、他の作曲家と比べていかがですか?
浅利:
私に占めるバッハの曲は全ての音楽に対する啓示だと思います。例えば、現代曲を演奏する時も、バッハの音楽からインスピレーションを得てそれを現代曲に引用しています。後世の作曲家がバッハの作品を書き写し作曲方を学んだように全てがバッハに繋がると考えています。
実際、私はバッハの無伴奏フルートパルティータを一日の始まりのウォーミングアップにしています。それを言うと皆さん「重くないですか?」と質問されるのですが、自分にとって禅の世界とでも申しましょうか、無になれるのです。無になることで、先ほどの宗教の話と繋がるのですが、音は放たれた瞬間消える儚さ。アルマンドの反復的な音の羅列からの光の変化。サラバンドの無常感。これらは、西洋で生活してみて逆に日本人としての感性「わびさび」を自分なりにバッハの作品群から受け取りました。
八百板:
今回バッハのフルートソナタを全曲演奏しますが、浅利さんはどんなことを期待していますか?
浅利:
今、私は57歳です。この57歳で出来るバッハはなんぞやと考えて演奏会に臨みます。それは今まで経験して来たものであり、これから更にどのようなバッハを演奏出来るようになるのか? と通過点です。
それからこれは誤解を恐れずに言いますが、他人に言われたり、教えられたりで演奏をこうやらなければいけないという考えには、私は疑問を持っています。演奏の解釈は独り部屋の中で譜面に向かってすべきことなのです。我々日本人には西洋の方々のような伝統を重んじての演奏は出来ないと思うのです。その伝統的な演奏を聴いて、それなりの解釈をして自分自身がこうあると理解した上での演奏であるべきと考えています。
音楽は全てにおいていろんな試みをすべきで、伝統は革新されるから伝統は守られるのだと思います。私の恩師、ウイリアム・ベネットは、「バッハは今も生きている。バッハはジャズだ! チャールストンだ!」とソナタのフレーズを歌いながら踊ってみせてくれます。それは私の身体の中に浸透しています。そして、その浸透したものが今回の演奏会で更に変化することを期待しています。
浅利守宏プロフィール
新潟市出身。国立音楽大学卒業後、世界的フルート奏者ウイリアム・ベネット氏に認められアジアツアーで共演の後、英国王立音楽院に留学。卒業時、イギリス国家演奏家資格取得と同時に1st Class Honours and Distinctionを受ける。イギリスでは、BBCウェールズ交響楽団、イギリス室内管弦楽団、スロバキア国立管弦楽団と共演。セント・マーティン・イン・ザ・フィールズでも度々演奏し、ウイリアム・ベネットと故クリフォード・ベンソン氏のマスタークラス助手を務める。帰国後、香港フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、新潟交響楽団と共演。リサイタルを東京文化会館小ホール、津田ホール、オペラ・シティ・リサイタル・ホールで開催。カザルス・ホールでの演奏はライブ録音され、CDをリリース。
香港フィルでの客員奏者を経て、現在東京国際大学非常勤講師、立川国際中等教育学校講師を務め、後進の指導にも力を注いでいる。2019年7月、シンガポールフルート協会主催シンガポール・フルート・コンベンションに招聘され、演奏会・マスタークラス・コンクール審査員を務める。フルートアンサンブル・デュレーヴ、新潟木管五重奏団主宰。