音楽の地産地消

自宅の近所に蕎麦屋がオープンしました。

そこは以前も蕎麦屋でした。その店の脇の小路名に、蕎麦屋の屋号にちなんだ名前まで付けられているくらいなので、ずいぶん古くからの店だったのでしょう。新しくなった看板を見て、「なんだ、店の名前だけ変えてリニューアルしたのか」と思いましたが違いました。前の蕎麦屋のオーナーが亡くなられて、全く違う人が十日町で修行をして店を開いたそうなのです。

私は学生時代に、本気で農業の道に飛び込もうかと思った時期があります。その当時のその年齢の若者にしては、環境問題とか、食料自給率とか、食の安全とか、地方の活性化とかが気になって仕方がありませんでした。その当時の、というのは、大学の構内でうっかり「環境」「食の安全」なんていう単語を話そうものなら、「お前は左翼の回し者か!」と糾弾される、そんな時代だったんですよ。下火になったとはいえ、まだ構内で中核派と革マル派が暴力抗争を繰り広げていましたからね。

なので、蕎麦は好きですが、「どうせ中国製のそば粉に添加物をどっさり入れて作っているんだろう」みたいに反抗して、めったに外で蕎麦を食べません。「名物」だの「伝統の技」だの「素材を厳選」だのとはうたっていても、肝心の蕎麦粉の素性はみんな隠していますからね。そんなわけで、もう14年も毎日その蕎麦屋の前を通っていましたが、ついに店に入ることは無かったのです。

ところが先日、新しくなった蕎麦屋の店先に立てかけられたボードを見ると、「新潟県産蕎麦粉100%使用」と書いてあるではありませんか! そうか、ついに蕎麦粉までも、国産を通り越して新潟県産が出回る時代になったのか。中国産に比べてコストはずいぶんかかるだろうに、この店の志の高さに拍手!

「地産地消」という言葉が私は大好きです。私がこの店で蕎麦を食べることで、新潟県内の農家にもお金が渡ります。そうすれば、その農家が何か買い物するのは新潟県内ですから、新潟県内の商業も活性化します。そのうちの誰かバロック音楽の好きな人のところにもお金が渡り、コンサートに行きたいと思ってくれます。そこで新潟県在住の私のコンサートに来てくださるなら、私はいただいたチケット代でまた新潟県産蕎麦粉100%の蕎麦を食べます。自然界の炭素循環にも似たお金の循環です。

この循環を壊すのはとても簡単です。中国産の蕎麦粉を原料にした東京本社の外食チェーン店で、私が蕎麦を食べれば壊れます。私が払ったお金のほとんどが新潟県外に出て行ってしまうからです。

私は「地産地消」は経済だけでなく文化についても言えると思うんです。

新潟市が政令指定都市となってからは特に感じますが、本当に世界的な一流の音楽家の演奏が新潟に居ながらにして聴けるようになってきています。今まで「東京まで聴きに行くのは大変だから、仕方ないけど地元の演奏家のコンサートで我慢するか」みたいに思っていた人は、もう我慢しなくていいんです。新潟で聴ける音楽のレベルがとても上がったのは素晴らしいことです。

でも、でもですよ。それだけで本当にいいのでしょうか?

かつてのイギリスがそうでした。「イギリス人が誇る、イギリス生まれの国民的音楽家は誰?」と聞くと、バロック中期のパーセルを最後に、20世紀のブリテンまでの長期間が空白なのです。それは、当時世界一お金持ちだったイギリスが、ヨーロッパ中の音楽家をお金で買いあさった結果です。ヘンデルもドイツ生まれの外国人でしたし、そのヘンデルとオペラ界で争ったライバルもイタリア人でした。イギリス生まれの音楽家たちは、そんな世界最高レベルの競争の影に全く埋もれてしまったというわけです。機会を与えられず、花開くこともなく失われていった才能がたくさんあったことでしょう。

以前、私も運営に関わった「新潟古楽フェスティバル」という催し物がありました。一切の援助を受けることなく、有志による自主運営で10年間続きました。その様子を音楽雑誌に寄稿した東京の奏者が「新潟は首都圏から程よく離れていることによって、首都圏の音楽家に荒らされないで独立を保つことができている」と書いていました。私が今こうして新潟でチェンバロ演奏家として生きていられるのも、この微妙な力関係のバランスのおかげだというわけです。

経済の地産地消と同様に、文化の地産地消を壊すのもとても簡単です。どうすれば壊れるのか、もうお分かりですね? あなたが次にどのコンサートを聴きにいくか、その選択が地域文化の未来に影響を与えるのです。

と偉そうなことをいいながら、私は自宅の近所にオープンした蕎麦屋にまだ入っていません。早く食べに行かなくちゃ。

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