一人でピアノでバッハを勉強することに あなたは一抹の寂しさを覚えませんか?

もしそんな気がするようでしたら、少しお時間を取って一緒に考えてみていただけると嬉しいです。

じつは不毛だった子供時代の私の音楽環境

思い起こせば、両親は小学生だった私をよくコンサートに連れていってくれました。音楽に関して特別な教育を受けたことも無い両親でした。戦争で長岡の町が空襲を受けて、住む家も無くなった大変な子供時代を過ごしたそうで、音楽を習うなんてとんでもなかったとのことです。それでも聴くのは好きで、私が物心ついた頃から家ではラジオでクラシック音楽が流れていました。年末はテレビで紅白歌合戦を見た記憶は一度もなく、見るのはNHK交響楽団の第九と決まっていました。

子供時代の私にとって、音楽を聴くこととは、自分とは別世界のプロが演奏するものを遠くの町まで出かけていって聴いてくることでした。または、自分とは別世界の外国人が外国で録音したものを機械を通して聴くことでした。自分と演奏者との間には目に見えない大きな壁が立ちはだかって、私はその壁から漏れてくるおこぼれを貰っているような感じでした。

子供時代にも自分が演奏者に回る機会が数回ありました。音楽の教員をしていた叔父と従兄弟たちとでリコーダーアンサンブルを組んで、県のリコーダー・コンテストに数回出場したのです。でも私にとってはただステージの上で演奏したというだけです。誰が私の演奏を聴いてくれるとか、聴いて喜んでくれるとか、そういう交流の全く無い場でした。

小学6年生から習い始めたピアノ教室の発表会にも数回出ました。それも、自分にとってはただステージの上で演奏したというだけです。会場にいる出演者(全員子供です)の顔も名前も誰一人分かりません。分かるのは先生と自分の家族だけです。先生も自分の家族も、もう私の演奏は十分に聴いていますから、ここで演奏する意味は何なのだろう? 弾き間違える回数がどれだけ少ないかを競うの? それとも、習い始めて数年で自分がピアノ教室の上位3人にのし上がったことを、会場のみんなは気にしてくれるの? という感じでした。

そんな子供時代でしたが、それしか知らない私にとっては、上手に弾けてかっこいいところを披露できれば悪い気はしませんでした。子供時代の私にとって、ステージで演奏することは、かっこいい自分を自慢する場でした。

中学卒業とともにピアノ教室を辞めた私は、演奏を発表する場所がなくなりました。大学の入学祝には小さいながらも本物のチェンバロを買ってもらいましたが、どんなに練習してたくさんの曲を弾けるようになっても、発表の場は全くありませんでした。大学院まで含めての6年間に友人が数回遊びに来ましたが、彼らの目当ては珍しいチェンバロです。私がどんなに歴史的演奏習慣に通じていようがマイナーな作曲家を研究していようが、そんなことはどうでもいいようでした。そのころの私にとって楽器を練習することは、自慢する場さえ与えられない、全くの自己満足でした

コミュニティーの欠如

今から思えば、なんと不毛な環境だったのだろうと思います。どうして不毛なのだと思いますか?

決定的なのは「コミュニティーの欠如」です。

音楽は人と人とが心を通わせる媒体です。一緒に合奏する仲間が大勢いれば、一緒に練習するだけでも心が通います。

でも鍵盤楽器は個人プレーであることが多いですから、意識して環境を整えることをしないと、いつまでも一人ぼっちのままになりがちです。私の子供時代のように、単に教室の発表会があればいいというものでもありませんね。そこに集まるお互いがまったくの他人では意味がありません。

お互いを知っているというだけでもダメです。自分のテクニックを自慢するだけとか、逆に自分より上手な人と比較されるのを恐れるとか。お互いを知っていればこそ、他人の批判を無視できないということも起こり得ます。そんな雰囲気では「コミュニティー」とはとても言えませんね。

私たちは孤独を恐れます

人間は孤独を恐れる生き物です。どうしてでしょう?

それは、私たちの遺伝子が形作られた太古の昔では、孤独であることは命の危険に直結していたからです。

21世紀の今、オオカミに襲われるというような意味での命の危険は取り除かれました。でも、だから尚更というべきか、孤独が精神を蝕むことが社会問題にもなっています。何もかも便利になって、誰とも関わらなくてもとりあえず生存することが可能な世の中になりました。だからよけいに意識して環境を整えることが必要だと思うのです。

子供時代の私は音楽に関して本当に孤独でした。でも、その孤独を紛らしてくれる親や兄弟、音楽には無関心だけれど学校の友達がいました。今、大人になった私は自分で自分を守るために、意識して環境を整えなくてはなりません。誰も私の心を気にして孤独を紛らしてくれないばかりか、今は私が他の人々の孤独を受け止めるべき立場にあるのですから。

チェンバロが縁で集まるコミュニティー

2003年に初めての「八百板チェンバロ教室発表会」を開催したときから、私はチェンバロ教室を「チェンバロが縁で集まるコミュニティー」にしようと気を使ってきました。生徒さんどうしがお互いに分かり合えるお手伝いができればと、月刊の「チェンバロ教室通信」を発行しています。毎月の生徒さんのレッスン曲紹介や、私が執筆する特集記事などをお伝えし続けて、2018年12月の時点で通算176号になります。発表会のほかにも「お菓子パーティー」を開いたこともあります。

私が目指すチェンバロのコミュニティーはこうです。

  • バロック音楽なんていうマイナーな趣味に惹かれる人たちだけが集まる稀有な場
  • そこにいるだけで「あなたも私も同じですね」と安らげる場
  • ちょっと勇気を出して演奏をするなら、みんながその勇気をほめたたえてくれる場

年1回の開催だった発表会が年2回に増えて10年近く、第22回に至って、私の心に疑問が湧いてきました。「生徒さんたちは本当にこの発表会で幸せを感じてくださっているのだろうか?」と。チラシも配布する公開の発表会だったので、私や生徒さんたちの知らない一般のお客様も少なからず聴きに来てくださっていました。そのこと自体は嬉しいことでしたが、生徒さんたちには余計な緊張をさせてしまっているのも確かでした。また、会場は公共施設なので飲食物の持ち込みもできません。単なる無料のチェンバロコンサートになってしまって、本当に生徒さんたちを第一に思っての企画にはなっていないと考えるようになったのです。

「発表会」をやめて「チェンバロ・パーティー」に

そこで、2017年からすべてを変えました。まずは関係者限定の秘密の会にして、名前も「チェンバロ・パーティー」にしました。それから会場も公共施設を使うのはやめて飲食付きにしました。春は私のチェンバロスタジオで、夏にはパイプオルガンを備えたレストランで。

白状します。チェンバロ教室の発表会を非公開のパーティーに変えたのは、ほかでもありません、私自身が心安らぐコミュニティーを必要としているからです。2017年春以来の4回のチェンバロ・パーティーは何と楽しかったことでしょう! 何と居心地がよかったことでしょう! 参加した生徒さんたちも、ずっと前からの知り合いのように打ち解けて楽しそうでした。

もちろん、私にとってコンサートも大切な場です。そこは、子供時代には得られなかった「聴く人々と心を通わせながら演奏する」ことが可能な素晴らしい場です。演奏の喜びです。

でも私は「自分が演奏をする」ことの喜びよりも、もっと大きな喜びを知ってしまいました。それは弾く人も聴く人も区別しない稀有な場にいることの喜びです。

私からのお約束-進化し続けるチェンバロ教室

年2回のチェンバロ・パーティーのほかにも、月刊のチェンバロ教室通信、5分間音楽史、チェンバロのCDの無料貸し出し、チェンバロの練習利用といった工夫をこらしています(これらの詳細はレッスンだけではない多彩な取り組みのページをご覧ください)。

単にチェンバロの弾き方を習うだけではない、もっと大切なことをたくさん提供できる教室を目指してこれからも進化し続けます。

新潟県内随一の規模と実績。プロのチェンバロ奏者が一対一で手ほどきし、あなたも確信と喜びに満ちてバッハを演奏できるようになります。あなたの夢と憧れをまっすぐ叶えます。

鍵盤楽器初心者から音楽教室の先生まで、過去15年以上の間に100人の生徒さんたちが延べ4,000時間以上のレッスンを受けてくださいました。今でも新潟県内各地の多くの方が楽しくレッスンにかよっていますし、遠く県外からかよう方もいます。チェンバロ購入の必要はありません。

レッスン楽器はプロ仕様

レッスンには私がコンサートやビデオ収録に使うプロ仕様の本格的2段チェンバロを使います。首都圏の楽器店などで行われるチェンバロ教室では考えられない贅沢ですが、「良い楽器を弾くこと自体が良いレッスン」なのです。

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